将来が心配

 体育祭の出場種目を決めた翌日の昼休憩。

 屋上でご飯を一人で食べようかと思った矢先に、綾瀬から呼び出されて自分の教室へご飯を食べることになった。


「あの、そういえばやけに出場名簿に佐久間さんの名前が多かったのですが……」


 弁当やら総菜パンやらを各々机に広げている中、対面に座る西条院がジト目を向けてくる。

 昨日話を聞いたのだが、どうやら彼女は生徒会役員としての仕事もあるのに、体育祭の実行委員も務めるらしい。


「それは綾瀬に言ってくれ、一人だけトライアスロンみたいなスケジュールになったのはこいつのせいだ」

「ふむっ?」


 そのジト目を向ける矛先を変えようと、俺は隣を指差す。

 急に話を振られたからか、ただでさえ愛らしすぎる顔なのに可愛らしくパンを頬張っている姿が—――


「……写真」

「いいほぉ(いいよ)」


 伊織くんはとても嬉しい。


「まぁ、私としても佐久間さんのかっこいい姿が見られるので構いませんが、くれぐれも無理はなさらないでくださいね?」

「枕詞に疑問を覚えるが……こんな優しさが綾瀬にあったらなぁ」

「失敬な! 私はこれでも食べている姿を撮らせてあげるぐらいには優しいよ!?」

「すまない、確かに優しい女の子だったな俺の勘違いだった」


 記憶にある九種目もさせられた暴挙は、きっと気のせいだったに違いない。


「……佐久間さん、いつか美形の人からの詐欺に引っ掛かりそうで恐ろしいです」


 確かに、とても可愛い女の子や男の子から怪しい壺を買わされそうになっても断り切れないかもしれない。

 この前だって、綾瀬に貢ぎそうになったし……せめて将来は、ホストやキャバクラには行かないようにしよう。


「ですが、私が金銭管理をすれば問題のない話でしたね」

「大丈夫、将来はいっくんの財布は私が管理するから!」

「何故」


 そこまで将来を心配されるとは思っていなかった。


「っていうか、珍しいな……西条院がこっちで飯食べるの」


 うちのクラスで昼食を取るのは初めてではないだろうか?

 その証拠に、先程から俺達の方にチラチラと視線が向けられている。綾瀬だけだと、こんなことにはならないのに。

 だからなんだろう……かなり食べづらい。昼休憩に綾瀬とご飯を食べるのも久しぶりだからだろうか?


『あいつ、いつの間に西条院さんとも……』

『この前、東堂とも一緒にいるのを見てしまった』

『俺、体育祭まで待てねぇよ……今すぐラフプレーしようぜ』


 食べづらい原因が、美少女二人の視線に巻き込まれているだけだと信じたい。


「ふふっ、そうですね……綾瀬さんに誘われなければ、足を運ぶことはなかったでしょう」

「俺は途中参加だったが、何か話しでもあったのか?」

「いっくんには内緒〜! っていうか、宣戦布告♪」

「はい、布告されました」


 なんの宣戦布告だろうか? と疑問に思って尋ねようとしたが、綾瀬は何やら西条院に向かって不敵な笑みを浮かべているので口に出せなかった。

 西条院も西条院で顔は上品な笑みを浮かべているのに、闘争心溢れる瞳を綾瀬に向けているし……余計に尋ね難い。


「居心地がいいというのも分かりましたし、これからはこちらでご飯を食べてもよろしいですか?」

「お、おぅ……別に俺は止めないが、綾瀬とご飯を食べるんなら綾瀬に聞いた方がよくないか?」

「あら、佐久間さんはご一緒されないのでしょうか?」

「まぁ、綾瀬は大体友達と食べてるし、俺は普段屋上か別のところだからなぁ」

「なら、次からは屋上で食べることにします」


 居心地がいい場所を早々に放棄しやがった。


「いっくん、屋上は虫も雨も雷もメリケンサックも降ってくるから、これからは教室で食べることをオススメする」

「メリケンサックが振ってくる世紀末なエリアで飯を食ってるつもりはなかったがな」

「つまり、これからは私と柊夜ちゃんと来夏ちゃんと食べることをオススメします!」


 どこか食い気味に提案してくる綾瀬。

 まぁ、一人でスマホをいじりながら食べるよりも、誰かと食べる方が楽しいのは楽しいんだが、面子が壮大すぎて萎縮してしまいそうだ。


「んー……でもなぁ」

「佐久間さん、私達と一緒にご飯を食べると、いつでも写真が「これからよろしく頼む」……佐久間さん、財布を出してください。私が管理します」

「何故に」


 怪しい壺を買う予定はないというのに。


「分かってはいましたが、これは重症ですね……私達の顔と性格がよくて辛うじて助かっている状態だと思われます」

「いっくん、これから可愛い子とかかっこいい子にオススメの保険とか土地を紹介されたら、絶対に私達に言うんだよ? もしくは私達の写真を見て心を落ち着かせて」


 心配そうな二人の視線が、同時に向けられる。

 色々言いたいことはあるが、とりあえず心の中で「心外だ」と言っておこう。


「……ねぇ、今「心外だ」って思ったでしょ?」

「凄いな……東堂並みのエスパー力だ」

「今のは流石に分かりやすいし、いっくんが思ってるほどいっくんは美形関連ポンコツなのです」


 流石にそんなことはないと思うんだが……宗教の勧誘も、新聞だってちゃんと断れるし、クラスメイトから合コンのお誘いを受けてもしっかり首を横に振れる。


(なんで俺はこんなに心配されてるのか?)


 ただ美形が好きなだけなのに。

 そりゃ、確かにさっきは綾瀬にお金を払いそうになったのはなったが。


「いっくん、気をつけなきゃダメだよ? 君は顔もいいし、優しいし頼りがいもあるしちゃんと相手のことを見て大事にしてくれるような懐の広さがあって……超かっこいいんだから」

「勉強もできれば運動もできます、要領もいいですし家事能力も高い───誰からどう見ても優良物件。女性の好むものばかりを持っているので狙われやすいのですから、少しは超かっこいいことを自覚してください」

「……………………」


 諭すように向けられた直球すぎる言葉。

 それを受けて、思わず顔に熱が上ってしまい……上手く言葉が出てこない。

 ……なんで、俺は唐突にこんな美少女達から褒められているのだろう? しかも、心配しているような瞳も添えられて。

 たとえ冗談だとしても、こうも真っ直ぐに言われると───


「ねぇ、ちゃんと聞いてる? いっくんは本当にかっこいいんだから、気をつけないとダメなんだからね!」

「佐久間さんは魅力的すぎるのです。ちゃんと分かってくれないと、本当に将来が心配になります」

「も、もう勘弁して……!」


 俺は二人の真剣な心配の瞳を受けて、照れのあまり思わず白旗を上げてしまったのであった。


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