種目選び

 ───結局、綾瀬の両親の離婚は一旦保留になったらしい。

 どういう経緯でそうなったのかは人の家庭事情を根掘り葉掘り聞くわけにはいかなかったので知らないが、本人からは「言いたいことは拳込みで言ってやったぜ♪」と可愛らしいご報告を受けたので、とりあえずは一安心だろう。


 そして、あれから次の日に綾瀬と一緒に水族館へ行って満喫した翌日。

 我がクラスでは、人によっては待ちに待ったイベントが訪れていた───


『っていうわけで、体育祭の種目決めを行いますー』


 六時限目を潰して設けられた、ロングホームルーム。

 気の抜けた実行委員の声を皮切りに、クラス内がざわつき始める。

 いよいよ差し迫ってきた体育祭。

 授業という面倒くさいものが一日限りで消え去り、一丸となって盛り上がる重要イベント。

 特に男性陣にとっては「異性にアピール」できる年に一回の貴重な行事だ。周囲を見渡すと、男子達のギラついた瞳が窺える。


「いっくん、いっくん」


 ふと、真後ろから聞き慣れた声が耳に届く。

 視線を後ろに向けると、何故か本来壁際の席に座っているはずの綾瀬の姿が───


「……ついに買収に手を出したのか?」

「今だけ席代わってもらったー! いやー、上目遣いに「お願い」を添えると、快く返事してくれたよー! 顔がいいってたまに便利だよね♪」


 本当に世の中が生きやすい子だなと思う。


「俺、その顔見てない」


 ただ、その上目遣いのお願い顔は是非とも拝見したい。

 そう思って、至極真剣な顔で綾瀬を見た。

 すると、綾瀬は慣れたように顔を少し下げ、見上げるようにか細い声で───


「こんな感じで……「お願い、ダメかな」って」

「いくらほしいんだ?」

「やらされただけで、ねだったわけじゃないからね!?」


 しまった、可愛すぎるご尊顔についお布施を。


「んで、なんで綾瀬はご尊顔パワーでここに座ってるわけ?」

「え? いっくん、どの種目に出るのかなーって」


 そういえば、何も考えてなかった。

 授業の初っ端から黒板に書かれてあった種目は、クラス対抗リレーや騎馬戦、借り物競争に応援合戦など、今年も色々なものがあった。

 正直、去年は色々と出させてもらったから、今回は余り物でいいや……なんて思っていたりする。


「特に考えてないな」

「ふぅーん……じゃあさ、私がいっくんの決めていい?」

「ん? 性別の壁を越えなければ別にいいけど」

「やった♪」


 素直に頷くと、どうしてか綾瀬は嬉しそうな顔を見せる。

 そのタイミングで───


『では、まずクラス対抗リレーから……出たい人は挙手してください』


 実行委員の言葉を受けて、何人か手を挙げる。

 面々を見ると、全員が体育会系……運動神経に自信のある人達だった。


「はいはーい! 男子に追加でいっくんが入ります!」


 すると、自分ではない他者推薦の綾瀬もまた、手を挙げる。

 まぁ、これでも足はそれなりに早い方だと自負している。去年も出たことだし、走って恥をかくことはないだろう。


『では、次の騎馬戦は───』

「いっくん、出ます!」

『二人三脚』

「いっくんやります!」

『応援合戦』

「いっくん!」

『借り物競争』

「いっくん!!!」


 おっと、これはこれは。

 忙しい体育祭になりそうだ。


「おいこら待てそろそろ手を下げろお嬢さん、このままだとキツいよ過労死しちゃうよ」

「でも、あと五種目残ってるよ?」


 十種目あるうちの十種目すべてに出場させるとは……この子も中々肝の座った考えをお持ちのようだ。


『なんで、佐久間ばっかり……』

『俺だって、綾瀬さんに推薦をもらいたい……!』

『こうなれば、ラフプレー覚悟で当日恥をかかせなければ』

『そうなると、騎馬戦にメリケンサックを持ち込む必要があるな』


 どこかからか、スポーツマンシップの欠片もない声が聞こえてくる。

 騎馬に乗って取るのがハチマキであることを心から願うばかりだ。


『あ、あの……流石に、全種目となると先生からツッコミが入るから……』


 申し訳なさそうに、実行委員の人が綾瀬へ口にする。

 すると、綾瀬はしょんぼりとした様子で───


「うぅ……いっくんの無双する姿、見たかったのに」

「………………」


 ……なんだろう、こんな姿を見たらメリケンサックを持ち込まれようとも立ち向かいたくなってしまう。


「だ、妥協で九種目はダメかな!?」

『……まぁ、九種目ぐらいなら』


 ただ、もう少し妥協してほしかったとは思った。


『だ、男子はそれでいいですか?』

『『『『『(恥をかかせたいので)異議なし』』』』』


 余計な枕言葉がどこか見え隠れしていたような気がするが、どうやら男子側は問題がなかったようで。

 それから綾瀬も自分の席へと戻り、小一時間かけてクラスすべての種目が決まったのであった───







『美柑ちゃんって、本当に佐久間のこと好きだよね?』

「ふぇっ!?」

『そんなに驚かれても、ねぇ? そりゃ、あれだけアピられたら誰だってそう思うでしょ』

「だ、だって……いっくんのかっこいい姿、見たかったんだもん」

『ありゃりゃ、こりゃ相当なお熱だ』

『まぁ、佐久間ってぶっちぎりにスペック高いからねぇー、去年も運動部そっちのけで目立ってたし』

「み、皆……もしかして、いっくんのこと狙ってる?」

『『『あんたがいる時点で無理』』』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る