一緒の布団で
「そういえばいっくん、今度体育祭があるね」
暗くなった室内。時計の針の刻む音だけが室内に響く中、耳元からそっとそんな声が耳に届く。
布団の中は暖房をつけていないにもかかわらず、どこか熱い。
時々触れる感触は柔らかく、鼻腔をくすぐる甘い匂いが心拍数を上げてくる。
「……よくさぁ、こんな状況でも平然と会話できるよな」
「お風呂を共にした私に怖いものはないんだぜ、どやぁー」
もちろん、俺の部屋には自分用のシングルベッドしかない。
そのため、二人で入るにはだいぶキツく……俺は壁に顔を向けて寝ることしかできなかった。
何せ、すぐ横には───学校のカーストトップの美少女さんがいるからだ。
振り向けば、もうキスできそうなぐらいの距離に整いすぎた可愛い顔が迫ってしまう。
己の中で行われている欲望との戦いに勝つためにも、絶対に振り向くわけにはッッッ!!!
「背中を向けてると、背中がガラ空きになるわけでー」
ふにっ、と。どうしてか。
柔らかすぎる感触が背中に押し付けられた。
「こうして、胸を押し当てることもできたり♪」
「〇※△□×#☆!!!???」
「ごめん、言語ですらない言葉を言われても分かんない」
ダメだ、俺の理性さんがノックアウトされそうだ……ッ!
「そ、そういえば体育祭の話だったな! いやー、今年はどうなるんだろうな体育祭!」
「あ、逃げやがったこの子」
「お前は攻めすぎなんだよ……ッ!」
彼女の好意に気づいたとしても、これはこれでどこか違う気が。
もしこれに流されて押し倒せば、俺が欲望に負けたから……なんてレッテルを貼られてしまう恐れががががッッッ!!!
「まぁ、私だって今すぐどうこうって気もないから、今日はこの辺にしとく……でも、これでも粘られるってなったら、次は何をすればいいのかな……?」
俺から離れてくれたかと思いきや、何やらブツブツと呟き始める綾瀬。
距離も距離なため、その声はバッチリと聞こえており───これ以上があるのかと、思わず警戒心を引き上げてしまった。
「……やっぱり、メリケンサック?」
とても警戒心を引き上げた。
次学校で会う時は注意を払おう。
「うちの学校ってさ、体育祭早いよねぇー。他の学校とか、秋にするものなのに」
「ま、まぁ……修学旅行とかのイベントに絡むからじゃないか? あと受験」
「言われてみれば確かに……そっかぁ、受験もあるのかぁ。それなら仕方ないね」
うちの学校は、体育祭を夏休み手前の六月に行う。
全校生徒の規模が意外と多いからか、かなり学校側も力を入れており、親といった関係者をしっかりと呼び込み、後夜祭といった行事まで学校側が主催してくれる。
恐らく、時期的にそろそろ体育祭種目の発表や、出場する種目決めが行われるだろう。
「去年のいっくん、凄かったよねぇー。運動部置き去りの独走劇を披露したり」
去年の体育祭、か。懐かしいものだ。
クラス対抗リレーに出場して、それなりに結果を残せて、友達はあんまりいないけど、皆と楽しく過ごせた気がする。
いやはや、なんともいい思い出───
「あと、障害物競走の網に引っ掛かってパンツが丸見えになったり」
……忘れたい思い出である。
「……俺、今年は障害物競走出ない」
「じゃあさ、いっくん今年は私と一緒に二人三脚しようよ! 私達の絆、見せつけようぜ♪」
「そうだな、見せつける前に男女別って壁があったような気はするけどな」
「いっくんがタイに行けば大丈夫だよ」
「性別の壁を取り払って来いと!?」
そこまでして二人三脚には出たくない。
綾瀬には申し訳ないが、見せつけるのは諦めてもらおう。
「そういえば、いっくんと仲良くなったのはそのあとぐらいだったよね……」
綾瀬がポツリと、呟く。
「初めはテストでも一位で、体育祭でも目立ってて、なのに友達全然いなかったから面白い男の子だなぁって思ってたけど」
「え、俺今褒められてるの? それとも馬鹿にされてんの?」
「話してみたら、面白くて……」
その呟きは、徐々に小さくなっていく。
気を抜けば寝てしまいそうな、それぐらいの声量。
「……他の、男の子とは違って……ちゃんと、私を私として見てくれて……一緒にいて、なんか落ち着く……から、一緒にいたくなっちゃって……優しくて、かっこよくて……」
そして───
「……私の、初恋の人……」
「………………」
「大好きな、男の子……」
───ついに、横から可愛らしい寝息が聞こえてしまった。
思わず追求したくなるような、胸を跳ね上がらせるような、そんな言葉を残して。
「………………ズル」
うつらうつらな声だったし、きっと言うつもりのなかった言葉なのは分かる。
それでも、人の心を掻き乱すだけ掻き乱しておいて……一人で寝るなんて、ズルいと思わざるを得なかった。
けれども、それも仕方ないのだろう。
何せ、さっきまでの綾瀬は───泣いていたんだから。
「……おやすみ、綾瀬」
せめて、この時間だけは嫌なことを忘れてぐっすり眠ってほしい。
なんて、偉そうなことを思いながら、俺もそっと瞼を閉じたのであった。
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