幸せになって、見返して

(※美柑視点)


 私のお母さんとお父さんは、正直に言って仲が悪い。

 子供の頃は喧嘩する度に大きい声に対して怯えていたけど、それも慣れてしまえばあまり気にしなくもなった。

 そして、ある程度世間や一般的な常識がちゃんと付き始めた頃になって、どうして二人がそんなに仲が悪いのかをなんとなくだけど理解した。


 ―――あぁ、そもそも馬が合わないんだなって。


 ちょっとしたことで苛立って、ちょっとしたことが気になって。

 そういうのが積み重なって、きっと互いに喧嘩の火種を作ってしまう。

 なんで結婚したの? って思ったけど、色々事情があるみたい。

 でも、これに関しては私だけが不幸で、私だけが不遇な目に遭ってるわけじゃないと思う。

 私の友達も両親は離婚してるって話だし、よろしくはないんだけど誰にだって起こりうることなんだって分かってる。


 ただ、私はお父さんもお母さんも大好きで。

 喧嘩してるけど、たまにテレビを観て一緒に笑ってる姿が嬉しくて、一緒に交ざって観ちゃうぐらいその時間が気に入っていて。

 だから……なんとなく予想してたけど、悲しかった。

 勉強会の途中、お母さんからその電話を受けた時は「あぁ、ついにか」って。

 予感はしてたけど、泣きそうになった。

 けど、皆の前だから泣かないようにしようって。心配かけて暗いムードとか嫌だし、私だって皆といる時ぐらいはそのことを忘れたかった―――


「……でも、いっくんは見逃してくれなかったんだよね」


 お風呂に入って、歯も磨いて、時計の針が一周し終わった頃。

 私はいっくんの部屋で、ただボーっと。ベッドの上に座って愚痴を吐くように呟いた。

 部屋には深夜のテレビショッピングとかやってて、その音のせいで彼に聞こえているか怪しかったけど、大きな声で話す気にはなれなくて。

 ふと、私は横に座って黙って聞いているいっくんの顔をチラッと見た。

 すると―――


「まぁ、そんな事情があるかは分からんかったけどな」


 いっくんは、少し申し訳なさそうに口にした。


「……悪かったな、言い難いことを言わせて」

「ううん、聞いてほしかったのは私だし。そりゃ、逃げようとした私の腕捕まえてくるところは強引だなーって思ったけど」


 でも、どっかで吐き出しておかなきゃ、多分心が疲れてた。

 愚痴でもなんでもいいから言っておかないと、お父さんやお母さんに当たり散らかして……もしかしたら、ふと糸が切れて友達とかにも迷惑をかけていたかもしれない。

 もしかしたら、いっくんはそれも見越して───


(って、そこまでは考えすぎか……)


 察しのよすぎる来夏ちゃんでも、多分無理だと思う。

 そういうのができたらエスパーじゃなくて、もう私自身を私以上に分かっている人だけだよね。


「って感じなんだけど……空気が暗くなっちゃったね。なんか面白い話とかない?」

「生まれて初めてぐらいの盛大な無茶振りが来たな。割かし重い話のあとに大爆笑を掻っ攫えるほど、コメディ力は高くないんだが……」

「えー、でも私あんまり暗い空気は好きじゃなーい!」


 そうだ、私に暗い空気は似合わない。

 いっくんと一緒にいる時は、いっつも笑っていて楽しくて……最近では胸が高鳴ったりするはず。

 うん、だからおかしいの───のは。


「楽しい話はできないが……」


 いっくんが、ただ流すだけのテレビを消す。


「楽しくなれるよう、スッキリさせる努力でもしてみるか」

「へぇー、気になる」


 私は膝を抱え、いっくんが何を話すのか……ジッと、紡がれるのを待つ。

 すると、いっくんはどこか言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。


「綾瀬……お前、怒ってるだろ?」

「……ふぇっ?」

「なんとなくだけど、途中の言葉の節に怒気を感じる。っていうより、本当に悲しいだけだったら恥も外聞もなく泣くか、前向きな話をしようってこの期に及んで振るはずもない」


 ドキッと、私の心臓が跳ね上がる。


「そりゃそうだ、話を聞けば俺だって多分怒る。確かに、両親が離婚なんて今時あってもおかしくはない。元より、そんな予兆があったならそもそも時間の問題だったかもしれない───でも、冷静に考えて。それはあくまで両親の都合で、話だろ?」


 ……言われてみれば、そうだ。

 ただ、お父さんとお母さんが不仲なだけ。私は二人と仲がよくて。

 私の話を聞く前に、勝手にそんな話をされて……私の意見は、着地された話のどこにも入ってない。


「人様の家庭の事情だ、俺がとやかく偉そうなことを言える立場じゃないから……として話をする。綾瀬の話だけを考慮して、俺は俺の話をする」


 いっくんはそう言うと、真っ直ぐに私の方を見つめて───


「盛大に怒ってやれ、恨んでやれ。両親の都合なんて無視して、怒鳴り散らかしてやれ……向こうだって綾瀬のことを考慮せずに決めたんだ、それぐらいの資格は綾瀬にだってある」


 その言葉を受けて、私は心の中で───少しだけモヤが出た。

 いっくんの話は納得できるものだったよ、もちろん。向こうが考慮しないなら、こっちも考慮しない。目には目を歯には歯を、って言うし。


(でも、なんか……)


 そうしても、いいのかなぁ。

 なんて、思ってしまう私もいて───


「とはいえ、だ」


 いっくんは疑問に思っている私を無視して、小さく笑う。


「綾瀬はそういうことができる冷たい人間じゃないと思う。優しいから、きっと「そういうのしてもいいの?」って揺れると思う」


 なんで、彼は分かるんだろ……そんなに分かりやすいような顔してたかな?


「う、うん」

「けど、このままじゃ綾瀬が我慢するだけだ。かといって、恨んだり当たり散らかしたりしたら、ただ亀裂を生んで今までの関係を壊してしまうかもしれない」

「……だったら」


 私はどうすればいいんだろう?

 我慢すればいいの? 怒ればいいの?

 怒って、お父さんとお母さんの悲しむ顔は……正直、あまり見たくない。

 今、もし家に帰ったら……お母さん達にこの胸に溜まっている感情を吐き出すだけ吐き出して傷つけてしまうかもしれない。


 ───だから、帰りたくなかったのに。


「わ、私は……」


 ボロボロと、私の瞳から涙が溢れてしまう。

 すると───


「大丈夫、綾瀬……誰も傷つかず、お前の怒りをちゃんと発散できる方法がある」


 いっくんは涙を指で拭ってくれて、



 そう、口にした。


「お金でもいっぱい稼げばいい、好きなことをして生きていくのでもいい……お前らは仲が悪くて不幸になったかもしれないけど、私は幸せになってやったぞって、見せつけてやればいい」

「………………」

「そうしたら、ほら! 思い浮かべろよ、散々振り回して不幸に片足を突っ込んだ両親の悔しがる顔! 最高に痛快で爽快だと思うぞ!?」


 拭ってくれても止まらない私の涙を、いっくんはもう止めなかった。

 その代わり、優しい笑みを浮かべて私の顔を覗き込んでくる。


「……って言っても、きっと綾瀬は両親の笑ってる顔の方が好きなんだろうな。でもさ、そういう気持ちでいれば───少しは、気も紛れないか? 悲しいことも、幸せになればちょっとした愚痴で終わるようになるさ」


 我慢するんじゃなくて、我慢はするけどいつか成そうって目標を立てて。

 今という現実を受け止めてくれ。

 悲しいけど、幸せになれば色々な問題が解決するから。

 きっと、いっくんはそう言いたいんだと思う。


(どうして、いっくんはここまで分かってくれるんだろう……?)


 私を私として見てくれるから? 私と相性がいいから?

 ……ううん、どっちでもいいや。

 だって───


「ふ、ふふっ……そう、だね。そうしよっかな」

「それはそうとして、一回ちゃんと話し合ってみるのはもちろんアリだ。もしかしたら覆らないかもしれないけど、そうなったら……見返してやるために、幸せになってやるって気持ちでいればいい。手伝ってほしいなら、喜んで手伝ってやる。俺の話は、あくまで頭の片隅に置いてくれればいいから。」


 そして、最後にいっくんは───


「俺は、どんな結果になろうとも綾瀬の味方だよ」


 ───


「ありがとう、いっくん」


 私は自分で自分の涙を拭った。

 もう、流す必要はないんだなって……なんとなく、体が分かってくれたと思ったから。


「よぅーしっ! 帰って話してみる! そんで、ダメだったら私が幸せになってやる! 自分勝手な両親に「ざまぁ!」って全力で笑ってやる!」

「おぉー、その意気だ!」

「笑いながらかかとでビンタしてやる!」

「おぉー、マジでやめた方がいいぞ!」


 まだモヤモヤはあるけど、スッキリした。

 だって、仮に落ち込んだとしても目指すべきところがハッキリしたから。


(ううん、ハッキリしたってわけじゃないよね……)


 私はベッドに寝転がり、そのまま布団に潜った。

 そして、いっくんに向かって───


「いっくん、今日一緒に寝よ♪」

「……Why?」


 私がそう言うと、いっくんの表情が一瞬にして固まった。


「えー、だってどっちか床とかって嫌じゃない? 狭いけど、気を遣ったまま朝を迎えるよりかはいいと思うしー」

「い、いやいやいやっ! さっきのしんみりとした空気で忘れがちだが、俺って男なの前提として!? 一つ屋根の下で同じベッドって、もう過ちが背後まで迫って肩を叩かれてもおかしくない状況なんですけど!?」

「えー、そう言われてもー」


 だって、これからやることがハッキリしたっていうか、というかー。


「いっくんが、言ったんでしょ?」


 私は、いっくんに向かって悪戯めいた笑みを見せる。


、って♪」


 私のことを分かってくれて、大事にしてくれて、ほしい時にほしい言葉をくれる人。

 ───私の、初恋の人。

 もし、私が幸せにならなきゃってなったら……絶対に、この人しかいない。

 来夏ちゃんや柊夜ちゃんが、なんでいっくんを狙っているのかは聞いてないけど、宿敵ライバルであることは間違いないと思う。

 同じ人に傍にいてもらいたいって思う、敵同士おともだち


(でも、絶対に負けないし)


 私は布団を捲り、動揺しているいっくんに向かって言い放った───


「今日は一緒に寝よ……いっくんが傍にいるだけで、今の私はちょー幸せだぜ♪」

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