後夜祭
楽しかった体育祭も、無事に閉幕。
すっかり薄暗くなってしまった夕暮れに合わせるかのような巨大なキャンプファイヤーがグラウンドの中心にて輝いている。
その周囲で体育祭に負けないほど盛り上がっている生徒達の姿が、校門付近のベンチからでもよく見えていた。
―――今は後夜祭。
体育祭を労い、余韻に浸れるように先生達が設けてくれた時間だ。
もちろん、この時間に拘束などない。
教室で好きにだべるのもよし、珍しいキャンプファイヤーを中心に盛り上がるのもよし、先生に申告すれば帰ってもよし。
本当の自由時間。俺は、その時間をグラウンドが一望できる校門付近のベンチで眺めていた。
ふと視線を横に向けると、校門付近には綾瀬と両親の姿もある。
『美柑、あんまり大勢の前であんなことしないでくれる?』
『……黙って、お母さん。ちゃんと私も思い出して凄く羞恥に襲われて反省してるから』
『はっはっはー! まぁ、いいじゃないか! 美柑もついに言うようになったなぁー!』
ここから何を話しているのかは聞こえない。
けど、どこか楽しそうな空気が漂って……まぁ、今は何やら綾瀬が赤くなった頬を隠すようにしゃがんでいるが。
とはいえ、そんな姿も楽しそうに見える。
仲のいい、家族という光景が―――
「……よかったな」
なんて、思わずボソッと口から零れてしまう。
「よくはありませんが?」
「……同じく」
「うおっ!?」
すると、いきなり背後から声が聞こえてきて、思わず背中を跳ねさせてしまった。
後ろを振り返ると、どうしてかジト目を向ける校内の有名人様二人がいて―――徐に、俺の横へと挟むように腰を下ろす。
「ど、どったのお二人さん……?」
恐る恐る、俺は二人に尋ねる。
そして———
「保護者席で何やら盛大な告白を受けたそうじゃありませんか」
「ごほっ!?」
―――いきなりそんなことをぶっこんできた。
「な、なんでそれを……ッ!?」
「……知ってる人は知ってる」
「最終的に綾瀬さんが顔を真っ赤にして逃げてしまったのでお題こそ公表されませんでしたが、保護者席側で佐久間さんに抱き着いた姿は見られておりましたので。何があったのかなど、保護者伝手で話題にも挙がります」
「……なるほど」
まぁ、確かに借り物競争そっちのけであんなことをすれば逆に目立ちもするか。
しかも、直接的な言葉ではなかったものではなかったものの、お題がお題。
目立つような容姿もしていることから、話題にならないわけがない。
「だから、一回教室に戻ってきた時の男子からの視線が酷かったのか……」
「……そうなの?」
「あぁ、裏山に穴を掘ってセメントで埋める計画を企てていそうなほどの目だった」
「……佐久間の周りは壮絶な人が多い」
改めて思うと、一回は然るべきところに通報した方がいいのかもしれん。
「それで、佐久間さん」
「ん?」
「そ、その……綾瀬さんへ、なんと応えるのですか?」
不安そうな瞳で、西条院が口にする。
それを受けて、俺は小さく息を吐いた。
「……別に、何も」
「えっ?」
「本当は言った方がいいんだろうが、綾瀬から止められてる。実際、前にも似たようなことは言われたしな」
結論を出すのは、綾瀬から話があった時でもいいだろう。
本人も望んでいるし、それに———
(……俺もよく分からん)
綾瀬はもちろん魅力的な女の子だ。
ただ、今まで女友達として接してきた時間の方が長く、未だにその印象が強い。
特に、もしも綾瀬の恋が昔助けたことの影響でそうなっているのであれば、安易に首を縦に振っていいものか分からないのだ。
昔は昔、今は今。
過去のことのイメージが肥大化した結果、今の見る目が変わったのだとしたら……言い方は変だが、幻想を抱いている可能性も否定できな―――
(いや、それはないか……)
流石に、今の綾瀬から感じているものが昔の一件を引いているかどうかはなんとなく分かる。
あくまできっかけで、今を見た結果なのだと。
そういうのもあるから、自分の中で綾瀬という女の子を見る目も少しずつ変わってきているのも理解してしまう。
(……どうしたもんかね)
そんなことを思っていると、ふと東堂が俺の肩を小突いてくる。
「……色々言いたいことはあるけど、とりあえずよかった」
「ん?」
「……元気そうで」
東堂は視線を移し、校門付近にいる綾瀬達の姿を見る。
今度こそ、しっかりと笑顔を浮かばせている……楽しい綾瀬の笑顔が見られた。
「そうだな、元気になってよかったな」
二人も綾瀬の落ち込んでいる雰囲気は感じていたはず。
特に東堂は人の心情を察することに長けている。綾瀬の気持ちの変化など、お見通しだったのだろう。
俺は綾瀬の姿を見て同意すると、遮るように東堂が顔を覗き込んできて―――
「……佐久間は、凄いね」
「褒めても何も出んぞ?」
「……なら、私が出してやろう」
唐突に、俺の頭を優しく撫でてきた。
「お、おいっ」
「……ありがとうね、綾瀬を助けてくれて」
柔らかく向けられた笑みに、思わずドキッとしてしまう。
すると、今度は西条院の方からも頭を撫でられた。
「ふふっ、そういうことであれば私からもご褒美を差し上げないといけませんね」
「……なぁ、夕暮れ公衆の面前で女の子に頭を撫でられるこの構図ってどうなのよ? 特に撫でられている男サイド」
「「可愛いと思う」」
「マスコット枠か……ッ!」
すると―――
「あーーーっ! 二人共何やってんの!?」
ベンチの前。
そこに、いつの間にか綾瀬の姿があった。
「いいではありませんか、今まであなたのターンだったことですし」
「……そろそろ私達に譲るべき」
「ぐぬぬ……それを言われたらなんも言えない……ッ!」
悔しそうにする綾瀬。
俺はそんな綾瀬に向かって口を開いた。
「そっちはもう大丈夫なのか?」
すると、綾瀬はきょとんとした顔を見せる。
しかし、それも一瞬で。
すぐに口元を緩め―――
「……しばらくね、離婚の話は保留にしてくれることになったんだ」
―――満面の笑みを浮かべたのであった。
「ありがとうね、いっくんっ! 全部、いっくんのおかげだよ!」
その顔を見て、ふと思ってしまった。
素直に「よかった」と、それは東堂達も同じなのか……俺と同じように口元を緩め、それぞれピースサインを向けたのであった。
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