ざまぁ、みろ
(※美柑視点)
私が出る最後の種目……借り物競争。
自分の番が来て、皆が一様に散り散りに走り出して言った中、私は先に引かされたお題のカードを見て苦笑いを浮かべた。
(あはは……やっぱり、今年もこのお題があったかぁ)
定番というか、なんというか。一番盛り上がりそうで手に取った人が一番困りそうなお題。
もしも、このお題を予期せず手にした人は、絶対何秒かフリーズしてしまうんじゃ? なんて思ってしまうほど、意地悪なものだった。
(なんとかして、お題譲ってもらったけど……これ、私の番じゃなかったらどうしたんだろうね)
事実、これを手にした女の子は凄く困っていたと思う。
このお題を実行するなら、ある程度覚悟を決めないと難しいだろう。
私も、このお題がいきなり出されたら結構戸惑っていたかもしれない。
(ま、今の私には関係にゃい♪)
私は周囲を見渡して、その人を捜す。
すると、その人はすぐに見つかった―――二番ぐらい前に出走したはずなのに、まだゴールテープを切らずにテント前にいる彼を。
私は苦笑いを浮かべて、そのまま走って彼の元へ向かう。
「頼む、一緒に来てくれ。そろそろ「今頃ゴール? 誰お前?」的な状況になる」
「……だから嫌」
「というより、もう手遅れなのでは?」
近くに行くと、何やら彼は柊夜ちゃんと来夏ちゃんとお話をしていた。
どうやら、お題を二人にお願いして断られているみたい。
……どんなお題を引いたんだろ?
って、そうじゃなくて―――
「いっくん、いっくん! いたいた!」
私はいっくんに近づき、腕を掴んで立ち上がらせた。
すると、彼は驚いた表情を見せ……どうしてか、視線を逸らし始める。
でも、私は無視して悪戯っぽい笑みを向けて、いっくんの顔を覗き込んだ。
「ちょっとさ、私に付き合ってほしいんだけど……借り物、っていう感じで♪」
私のお題はいっくんしかあり得ない。
だからこそ、ここでいっくんを逃さまいとしっかりとつかむ手の力を強める。
「……マジかぁ」
いっくんは、腕を引いて歩き始めた瞬間にそんな言葉を漏らし始めた。
嫌なの? なんて言おうとしたけど……すぐに口を噤んだ。
だって、いっくんの浮かべている顔は嫌々って感じはしなくて。その代わり、気まずそうな……恥ずかしそうな、そんな顔だった。
きっと、多分———
「いっくん、もしかしてさっきのちゅーの件、気にしちゃってる?」
「ッ!?」
「むふふぅー、純情いっくんさん可愛い♪」
私のしたことでこんな反応をされると、やっぱり嬉しく思ってしまう。
そりゃ、確かに少しは私も恥ずかしいけど―――それ以上に、今は多幸感と彼に対する想いが強すぎる。
それもこれも、いっくんがあんなことを言ってくれたおかげだ。
「もう一回、してあげよっか?」
「……情けないよ、情けないのは分かってるけど白旗上げさせて」
「ふふっ、あーい!」
「恋愛初心者に対しての扱いが酷いよこの子……」
だって、仕方ないじゃん。
好戦的になったのも、譲れないって思っちゃったのも、全部いっくんのせいなんだから。
面と向かって言ってもいいけど、それだといっくんが困りそうだからここら辺で終わっておこう。
(それよりも、いっくんには協力してもらうんだ。ちゃんと先に謝ったし、許してくれるよね♪)
私は腕を引いてゴールテープじゃない方へと歩き出す。
すると、いっくんが私の横に並んで怪訝そうに尋ねてきた。
「お、おい……こっち、ゴールじゃないぞ?」
「知ってる知ってる!」
「……お花を摘みに行きたいなら、初めに行っておけばいいのに」
「違うけども!?」
まったく、いっくんはデリカシーがなさすぎるんだよ。
もし仮に私が本当にお手洗いに行きたくてそんなことを言われたら、大外刈りして鳩尾に拳を三発だよ。
「じゃあ、なんなんだよ」
「まぁまぁ、いっくんは黙って私について来てくれればいいんだよ」
「それは構わないんだが……なんか、闇金業者に連れて行かれる予兆的なものを感じるぞ」
「ないない、心配のしすぎしすぎ♪」
別に、いっくんをどうこうなんて思っていない。
ただ、私は当初考えていた通りいっくんを紹介したいだけなんだ。
(……ねぇ、いっくんって私のことはどう思ってるのかな?)
ふと、歩きながら私は答えを求めるわけでもなく思う。
多分、友達以上には思ってくれている気がする。それぐらいの距離感をいっくんからは感じる。
それが心地よくて……今の私にはもどかしい。
もし、その先を求めようとしたら、いっくんはすぐに首を横に振るだろう。
だって、いっくんは誠実だから。
ちゃんと私を私として見てくれて、向き合ってくれるから……友達以上でそれ未満な今だと、曖昧な解答だと困らせると思って断られるに違いない。
(けど、私はその位置を求めているわけじゃないんだよ)
心地よいけど、心地よいだけで終わりたくない。
―――ずっと思い続けてきた、初恋の人。
忘れなくて、焦がれ続けて、変わりが見つからなくて、あの時の男の子のことしか考えられなくて。
高校生になってようやく見つけた想い人は、分かってるつもりで気づかなかった誰よりも優しい人だった。
私を私として見てくれる。容姿だけじゃなくて、綾瀬美柑という女の子を大事にしてくれる、一番仲のいい男友達。
初恋相手が彼だって知った時は、本当に嬉しかった。
好きになってもらいたくて、頑張って好きになってもらえるようにアプローチした。
そして、改めて思った―――この人が、私の好きな人なんだって。
初めて恋をした理由と、改めて恋をした理由。照らし合わせて思ったことがあるの……あぁ、恋する人ってこの人しかいないんだ、って。
(だって、仕方ないじゃん)
私が困っている時に手を差し伸べてくれて。
私が落ち込んでいる時にそっと寄り添ってくれて。
下心とか好感度とか関係なく、私が見ていない時に泣かせたくないって頭を下げてくれて。
一緒にいて落ち着いて、楽しくて、安心して、ドキドキして。
仕方ない……仕方ないんだよ。
私はこんな素敵な人を見つけてしまったんだから。
「お、おいっ! 綾瀬、こっちは保護者席───」
いっくんがそう言いかけた時、私は足を止める。
目の前は、保護者が集まるテントの下。
そこには───人混みの中、私のお父さんとお母さんの姿があった。
「いっくん」
「あ?」
「ごめんね?」
いっくんが首を傾げる。
でも、私はそれよりも先に───人混みの中にいるお父さん達に向けて、お題の紙を見せつけた。
紙に書かれてあるのは───『好きな人』。
「ッ!?」
お題の紙が見えちゃったのか、いっくんの驚く顔が横目に見えた。
「……お父さんとお母さんがどういう出会いで今の関係になってしまったのかは分かんないよ」
でも、と。
私はいっくんの腕に抱き着いて、見せつけるようにお父さん達に向かって舌を出して挑発した。
「でも、私は素敵な人を見つけたよ! 絶対に幸せにしてくれる、私の一番大事な人っ!」
当初の予定通り、私はお父さん達に向かって言ってやる。
離婚しようがするまいが、私がどっちにつくかつかないか知らないけど───
「ざまぁ、みろ! 私は、これからお父さん達よりも幸せになってやるっ!」
この恋が報われようが報われまいが関係ない。
私は、絶対に二人よりも幸せだ。
彼と一緒なら、これからも幸せになれる。
だからこそ、いっくんは……絶対に誰にも渡さないっ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます