借り物

 さて、一眼レフを携えて無事名残惜しくも終わってしまった応援合戦。

 明るく活発で愛嬌を振りまく綾瀬と、クールでどこか癒してくれそうなほんわかさを感じる東堂、そして凛々しくお淑やかな西条院。そんな彼女達のチアな服装を見られて、俺だけではなく各生徒がご満悦になった。


 そして、続いての借り物競争で―――


「頼む、東堂……ついてきてくれ」


 テント下、そこで体育座りで座っている芸能界が誇る美少女。

 俺は、誰もが視線を向けるであろう女の子に向かって、真っ直ぐな眼差しを向けていた。


「後悔はさせない、どうか俺と一緒に歩いてはくれないか?」


 切に、それでいて真剣に。

 今年一番、これ以上はないのではと疑うほどの強い気持ちを込めて、彼女に言い放った。


「……やだ」


 それでも、彼女の表情は固い。

 この言葉を聞いたのは、もう五回目だ。


「何故? そんなに、俺と一緒にゴールテープを切るのが嫌なのか?」

「……嫌、じゃない」

「だったら―――」

「……でも、今はやだ」


 女心と秋の空、というやつなのだろうか?

 嫌じゃないけど、嫌だ。そんな矛盾したような考えを、説き伏せようにも移り行く心にどう説得しろというのか。

 俺は瞼を閉じて、真剣に悩む。

 これがレースである以上、あまり時間はかけられない。

 一体、どうすれば東堂を説得できる?

 この困ったちゃんに、どうすれば首を縦に振ってもらえる……?


「……なんか「この困ったちゃんに、どうすれば首を縦に振ってもらえる?」とか思われてそうだから言うけど」


 東堂が可愛らしく頬を膨らませて不満げにこちらを見つけてくる。

 そして―――


「……ってお題に連れていかれるのは、とても心外」


 俺は東堂の言葉を見て、思わず借り物競争で入手したお題の紙を改めて見る。

 そこには『心配な子』と、そう書かれており、俺がゴールテープを切るにはこのお題通りの人物と一緒に行かなければならない。

 東堂は、その対象に自分が選ばれていることに疑問を抱いているのだろう。

 俺も、改めてお題と東堂を交互に見て確認し───


「間違ってはないだろ?」

「……間違ってるんだけど?」


 いけない、どうしてか東堂の額に青筋が。


「ふふっ、別によろしいではありませんか」


 横でたまたま一緒に座っていた西条院がお淑やかに笑う。


「事実ですし♪」

「……事実じゃない、心外」


 頬を膨らませ、西条院の背中をぺしぺしと叩く。

 その姿を見て、ふと思ってしまった。


「東堂、これはあくまで余談なんだが……ちゃんと水分補給はしているか?」

「夏ではありませんが、塩分も摂らないといけませんよ? ちょうど、ここに塩飴がありますので舐めなさい」

「……ねぇ、一回話し合おう? 議題は私の立ち位置について」


 最近、本当に東堂が妹のようにしか見えないから不思議だ。

 これも西条院の影響だろうか?


「まぁ、東堂がここまで嫌がるなら仕方ないか。代わりの人選を───」

「あの、どうして私を見るのですか?」


 食事関連で心配することが多くて、つい。


「……他の人でも誘えばいい。西条院はともかく、私はえぬじー」

「私もそのお題で走らされるのは心外なのですが」

「といってもなぁ……あんまり交友関係深い方じゃないし、こんな失礼なワードで駆り出すのも気が引けるんだよ」

「……分かっていながら、私を真っ先に誘ったのか」

「ついで感覚で自覚のある失礼ワードに参加させられるのは不本意です」


 困った、二人から鋭すぎるほどのジト目を向けられてしまった。

 これでは、ここからどう言葉を並べても一緒に走ってくれなさそうにない。


「そもそも、心配という話であれはさんがいらっしゃるのでは?」

「ッ!?」


 彼女の名前を出され、思わず心臓が跳ね上がる。


「その、失礼という話ではなく……最近の綾瀬さん、どこか揺らいでいるようでしたし……」


 確かに、東堂と西条院とは別のベクトルで綾瀬のことは心配だった。

 その心配を借り物競争という枠に当て嵌めてもいいか疑問ではあるが───


「い、いやぁ……その、綾瀬は心配することがないというかなんというかあははははは……」


 ふと思い出してしまう唇の感触。

 名前を聞いただけでも心臓が跳ね上がり、動揺がこれでもかと表に出てしまう。


(ま、まずい……せっかく思い出さなようにしていたというのに……ッ!)


 初めに言っておく。

 決して嫌ではなかった。

 ただ、生まれてこのかた恋愛など一切してこなかった俺としては……その、情けない話……刺激が強すぎるのだ。

 しかも、相手は学校のカーストトップの美少女ときた。

 そんな相手からのキスに、動揺しない男なんていないと思う。

 少なくとも、体育祭が終わるまではクールタイムがほしいというかなんというかでございまして……ッ!


「……怪しいですね」

「……これでもかというぐらい怪しい」


 いけない、二人からの疑いの目が。

 いつぞやの一緒にお風呂に入った時以来の疑惑の目を向けられている。


「ま、まぁ! 二人が無理って言うなら俺はここら辺で失礼───」


 そう言って立ち去ろうとした時だった。


「あっ! いたいた、いっくん!」


 ガシッ、と。

 後ろから、急に俺の腕が掴まれた。

 その相手は、目下もう少しだけ時間を空けて会いたかった女の子で───


「ちょっとさ、私に付き合ってほしいんだけど……借り物、っていう感じで♪」


 その美少女は、何やら笑みを浮かべて、借り物が書かれた紙をヒラヒラと揺らすのであった。

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