エピローグ

 体育祭も無事閉幕。

 一日ぶっ通しで行ったこともあり、生徒達の集中力も切れてしまうだろうとのことで、今日は振替休日だ。

 楽しい一時が終わったあとに休みがあるなど、なんと至福なことか。

 人によっては盛り上がった流れで遊びに行ったり、まったりとした時間を過ごしているに違いない。


「……今日、疲れてるだろうってことで芸能のお仕事もお休みにしてもらったの」


 昼下がり。

 対面に座る東堂がふと口を開く。


「まぁ、体育祭のあとに仕事って身体的にも精神的にも酷だろうしな」

「……うん、だから今日は慰労が必須」


 なのに、と。

 東堂はチラッと横を見る。

 そこには───


「東堂さん、手が止まっていますよ。早くこの問題を解いてください」

「来夏ちゃん、次はこっちの問題にいくよ。さっき覚えた方程式だから、忘れないうちに叩き込も!」


 教材を片手に、挟むようにして教えている綾瀬と西条院の姿があった。


「……何故、今日も……勉強会なのか……ッ!」

「遅れを取り戻さないといけないからじゃないか?」


 確かに、せっかくのお休みではある。

 しかし、一日フルで休みというのは東堂にとっては貴重なもの───是非とも、この機会を逃したくはない。

 ということもあって、東堂の成績が心配な俺達は東堂を我が家へと呼び、しっかりと勉強を教えることにした。

 なお、本人が「教えてほしい」と言ったのにもかかわらず不貞腐れているのは、恐らく「遊ぶぞ!」と言って呼び出したからだろう。本人も悪気があるわけじゃないから、そこは了承してほしい。


「まぁまぁ、これが終われば今日は『ぬるぬる☆乙女!』の溺死圧死編を観るんだから、元気出して!」

「そのフレーズで元気が出るのは、綾瀬さん達だけなのでは?」


 確かに。


「でも、意外と面白いんだよ? 二人の恋愛模様が徐々にヒートアップしていく感じとか」

「そうだな、あとはぬるぬるした乙女達の熱い友情とか燃えるよな」

「……タイトルからは限りなく察せない要素ですね」

「……タイトル詐欺甚だしい」


 まぁ、確かに。


「……でも、頑張らんにゃいけんのは間違いなか」


 東堂は自分の頬を叩き、真剣な表情で筆を走らせる。

 本人も、やはり自分の成績を危うんでいるのか、なんだかんだ言いながらも意欲的に取り組んでくれている。

 この調子なら、次の試験は「……できた」きっと「だから伊勢海老は数学に出てこないんだって」無理かもしれない。


「……芸能枠の推薦で入れる大学とかあるのかな?」

「今のうちにリストアップした方がいいかもしれませんね……」

「……何故、二人が私の進路を?」

「「心配だから」」

「……心外」


 恐らく、心外と言えるほど失礼な発言ではなかったと思う。


「あなたの休みは、私達以上に貴重なのです。この機会を逃すと、次の機会がいつか分かりません」

「来夏ちゃん……このままじゃ進級すら怪しいから。私、嫌だよ? 友達が後輩になるなんて」

「東堂が後輩か……」


 なんだろう、ちょっと見てみたい気がする。

 特に「先輩っ! 今日からよろしくお願いしますね♪」なんて、漫画であるような夢のセリフを発する東堂を見てみたい。


「……任せて」


 すると何かを察したのか、東堂は立ち上がり、満面の笑みを───


『先輩っ! 今日からよろしくお願いします♪』


 …………………………ごくり。


「……こんな感じ?」


 先程見せた活発な笑顔が消え、いつもの表情に戻った東堂。

 その姿を見て、思わず俺達は固まってしまった。

 そして───


「……意外と後輩でもいいかも」

「才能が恐ろしいですね……これなら一学年下の環境でもやっていけそうです」

「東堂、もう一回頼む。来年拝むであろう今の顔を写真に是非に」

「……何故前向きに留年が検討されているのか」


 相変わらず、東堂の才能は恐ろしい。

 俺が言ってほしいセリフを口にしただけではなく、しっかりと後輩らしい演技を見せてくれた。

 そのおかげで、綾瀬と西条院がいそいそと教材を片付け始めている。

 まぁ、流石に留年は嫌なのか、必死に東堂が食い止めているが。


(しかし、まぁ……なんというか)


 対面で教材を開きながら、ふと三人を見て思う。


 誰からも信頼が厚い、学校のカーストトップの美少女。

 メディアでも引っ張りだこな、天才的若手女優。

 家の事業を手伝いながらも、生徒会役員を務める才色兼備な女の子。


 この学校で有名な三人がこうして一同に集まり、仲睦まじい姿を見せている。

 それが我が家で、同じ空間にいられるというのは……少し前までは、間違いなく考えられなかったこと。


(具体的なきっかけはなかったけど、それもこれも綾瀬の初恋相手が俺だってバレてからなんだよな……)


 何かの意味があるのか、はたまたただの偶然で縁があっただけなのか。

 いずれにせよ、楽しいという他ならない。

 この時間がいつまでも続いてほしいな……なんて、思ってしまうぐらいには。


「さて、私が教える分は終わったことですし……佐久間さんに勉強を教えてもらうとしましょうか♪」

「あー、ずっこい! 待ちなよ私我慢してたんだけど!?」

「……ここぞという時に手を挙げるな、西条院。こういうのは私が主軸のはず」


 しんみりと一人耽っていたはずなのに、何やら三人からの視線が一斉に向けられる。

 そして───


「ささっ、佐久間さん……私は数学をお願いします」

「いっくん、私は歴史!」

「……佐久間、数学を教えてほしい」


 ───三人共、身を乗り出して顔を近づけていた。

 誰から見ても一様に「整っている」と言われるであろう顔が迫り、思わずたじろいでしまう。


(た、確かにこんな時間が続いてほしいとは思ったが……)


 もうちょい落ち着いた時間がいいなぁ、なんて。

 贅沢だとは思う。

 けれど、どう反応したらいいか分からない状況に、そう思わずにはいられなかった。


「せめて一人ずつでお願いします……」


 学園でも有名な、カーストトップな美少女。

 そんな彼女達に向かって、俺は思わず情けない言葉を残して両手を上げてしまうのであった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 お久しぶりです、楓原こうたです。


 本編、これにて完結になります!

 最後までお付き合いしていただいた読者の皆様、ありがとうございました!🙇💦

 また次の作品の際には、どうかよろしくお願いします!🙏🙏🙏

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