女友達とのお風呂回
……どう遡っても、何故こうなったのかよく分からない。
「いっくん……その、ばっちこい感覚で初めいたんだけど……」
「…………」
「えへへ……いざこうして一緒に入ると……な、なんか恥ずかしいね」
ちゃぷん、と。室内に響き渡る水滴の音。
白い湯気が立ち込める中、距離が近い故に見えてしまう蠱惑的な肢体。
艶やかな金髪から覗く彼女の表情は浸かっているからか、それとも恥ずかしいからかほんのりと染まっており、視界に映るきめ細かな柔肌とタオルによって隠されながらもくっきりと分かる胸のせいで余計に色っぽく感じる。
さらには、狭い場所に一緒に座っているため……少し動くだけで彼女の体に触れてしまい、その度に心臓が跳ね上がってしまう。
(……さて)
視線を逸らすために、俺は浴室の天を仰いだ。
(本当にどうしてこうなった?)
確か、一時間ほど前に遡れば思い返せるはずだ───
♦️♦️♦️
「ねーねー、来夏ちゃんお仕事押しててちょっと遅くなるってー。先に勉強してていいってー」
西条院の部屋にお邪魔させてもらった次の日の金曜日。
何が心配とは言わないが、今日は早急に対処しなければと思い二人がかりで東堂に勉強を教えることに。
そして、ベッドの上で寝転がりながら漫画を読んでいる綾瀬が、唐突にそんなことを口にした。
どうやら、目下心配なお嬢様はお仕事で遅くなるらしい。
「遅くなるのは分かったが……とりあえず、君は俺の瞳を慮ってくれ」
「ん? どったの?」
「胸とかスカートとか色々アウトラインを踏みそうなんだよ」
ただでさえ、綾瀬は普段の格好からラフにラフさが窺えるような気崩し方をしているのだ。
そんな女の子が無防備にベッドへ寝転がり、スカートが捲れようとも気にせず漫画を読み続けていれば、いつ見えてしまってもおかしくはない。
「えー、こっちとしてはいっくんの瞳を慮っての行動なんだけどー?」
にししっ、と。
からかいポイントを見つけたからか、小悪魔めいた笑みを浮かべて、ベッド前に座る俺の背中へ抱き着いてきた。
ふくよかな柔らかい感触と、包み込むような体温が背中全体に広がり───
「ふふっ、いっくん心臓ばっくばく♪」
「……誰のせいだと思ってんだ」
ここ最近、二人きりになるとこんなスキンシップが増えたような気がする。
確かに、少し無防備な姿になっていたことはたまにあったが、これほどではなかったようなはず。
間違いなく、これはあの時の「初恋相手」だとバレた時から綾瀬の態度が変わった。
(……やっぱり、気があるのか?)
あの、カーストトップで人気者な綾瀬が、俺に。
正直、なんで俺? と思ってしまっているが、態度がそうとしか思えない。
……まぁ、恋愛経験がないから合ってるかどうか分からないが。
(それがあるから聞けないんだよなぁ)
間違ってたら恥ずかしいし。
もしかくなくとも、こういうところがモテない原因なのだろうか?
「ねぇ、いっくん! 明日か明後日、どっか遊びに行かない!?」
「それはいいけど……どした、急に? っていうか他の友達とは遊ばなくていいのか?」
「ふふん、いっくん優先優先♪」
俺は頬を突かれながら、頭の中で予定を確認する。
確認……確認したのだが……なんだろう、どれだけ思い出そうとしても土日の予定が浮かんでこない。
「……綾瀬、ありがとうな」
「え、待って。どうしてそんなさめざめと泣いてんの?」
こんなボッチと遊んでくれるなんて……本当に綾瀬はいい子である。
そりゃ、友達も多いわけだ。
「最近さー、いっくんと二人っきりで遊ぶことなかったじゃん?」
「三日前ぐらいまでは二人きりだったがな」
「たまには二人でパーッと遊びに行きたいわけで!」
「三日前ぐらいまでは二人きりだったがな」
「むぅー……いっくん、うるさいっ!」
後ろから抱き着いている綾瀬が、いきなり俺の頭を掴んで後ろに下げてきた。
そして、そのまま俺の顔を覗き込み―――
「いっくんは、私と二人きりは嫌……?」
眼前に迫る端麗な顔。
つい顔が真っ赤になってしまった俺は、小さく頷くことしかできなかった。
「ふふっ、いっくんは私の顔に弱いねぇー」
「び、美少女なのが悪いと思われますっ!」
「全然悪い気がしないぜ、いっくんさんや♪」
満足したのか、綾瀬はようやく俺から離れてテーブルに置いていたコップを手にする。
そして、そこでようやく気が付いた。
「……綾瀬、耳が赤くね?」
彼女の耳が、酷く真っ赤なことに。
「……もしかして、自分でやったわりには恥ずかしかったのか?」
「……目敏い子は嫌いだよ」
「へぇー」
ニヤニヤ。
「あーっ! ふざけんな笑うなっ! そーだよ、やったことなかったから恥ずかしかったよ、思った以上にこっちの心臓バックバクだったよっ!」
「はいはい分かってるってニヤニヤ」
「むきーっ! 優位に立てる材料を仕入れた途端強気になる悪徳商人め……ッ!」
いやー、さっきまで振り回されっぱなしだったからなんというか。
ついからかいたくなってしまうんですよ、はい。もう口元の笑みがおさまらないのなんの。
「いっくん、いい加減にs」
綾瀬が顔を真っ赤にしてつっかかろうとしたその時、
「「あっ」」
綾瀬が躓き、手に持っていたコップが宙を舞った。
咄嗟に綾瀬を受け止めた俺の頭上へ……本当に綺麗に、中身がぶち撒けられる。
「ご、ごめんいっくん! 私———」
「綾瀬、大丈夫か?」
「ふぇっ?」
「躓いたけど、どこも怪我してないよな?」
受け止めたとはいえ、テーブルやベッドの角に当たっていたら痣になっているかもしれない。
大した怪我ではないかもしれないが、冷やしたりしないと痕が残ってしまう。
綾瀬は女の子だ。体に傷でもできたら大変である。
「(……私が溢したのに、私の心配が先なんだね)」
「ん? 何か言ったか?」
「ううん、怪我ないよって言ったの!」
綾瀬がどうしてか、勢いよく俺に抱き着いてくる。
そのことで、せっかく治まっていた心臓の音も再び激しく高鳴ってしまった。
「……それにしても、結構派手に濡れたな」
「……コーラチョイスが仇となったね」
綺麗に被ったおかげで床は濡れなかったが、受け止めていたせいで綾瀬も一緒に濡れている。
普通に水だったらよかった。コーラのおかげで不快感しかない。
「綾瀬、風呂にでも入って来いよ。着替え用意しとくから」
夏場に汗かいた時とかに何回かうちの風呂を使ったことがあるから、使い方も分かるだろう。
誤解しないでほしいが、やましい意味で言ったわけじゃない。っていうより、やましいことがあるなら今までで何か起こってるわボケ。
「いやいや、私のせいで濡れちゃったわけだし、いっくんが先入ってきなよ」
「いやいや、制服の染み抜きとかに時間かかるから先入っとけよ」
「いやいや、家主はいっくんなわけで」
「いやいや、綾瀬はお客様なわけで」
「…………あ?」
「…………あ?」
なんて分からず屋なんだ。
気持ち悪いだろうから早く入ってほしいのに、一向にこっちを慮って入ろうとしない。
「……分かったよ、いっくんがそんなに分からず屋さんだったらこっちも考えがある」
「ほう?」
何をしてくるというのか? 力づくでやろうとでも考えているのだろうか?
生憎と、これでも男の端くれ。女の子に力負けなど―――
「一緒に入るよ、拒否権はない!」
力負け以前の提案であった。
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