先約優先
「ねぇねぇ、いっくんさんや。あなた、お昼はどこに行ってらっしゃったの?」
東堂という有名人と偶然昼休憩に出くわし、偶然過去に出会ったことがあるかもと判明したその後の放課後。
カバンに荷物をまとめる俺の目の前で、着崩した制服を着こなす綾瀬がジュース片手に尋ねてきた。
「屋上」
「あの隙あらば男女がくんぐほぐれつする、あの屋上?」
「あぁ、人目を憚りたい男女が距離を縮めるのに最適な、あの屋上だ」
「…………」
「…………」
「…………ダレトイッタノ?」
おっと、何故か正面から冷たい瞳が。
「一人に決まってるだろ? 俺に一緒に行ってくれる可愛い女の子が横にいると思うか?」
まぁ、屋上に行ったら女の子はいたけども。
だが、一人で行ったのは嘘じゃない。うん、間違ってないから怒られることはない。
だから是非とも、その冷たい瞳はやめてほしい。
「むぅ……言ってくれたら、寂しんぼないっくんと一緒に私が行ってあげたのに」
「いやいや、綾瀬は友達となんか話すことがあったんだろ?」
「うん、今時の女子高生らしい話をしてきたぜ♪」
となると、あのサイト関連の話はしなかったのか?
どんなサイトを閲覧していたのかは分からないが、今時の女子高生の会話となればオススメの化粧品だとか恋バナとか最近話題の芸能人の話とかなのだろう……最後はちょっと俺も参加させてほしかった。
「今日は実に有意義だった……オススメの化粧品とか、恋バナとか、最近話題のメリケンサックとか教えてもらったしね」
今時の女子高生とは。
「そういえばさ、いっくん今日は何するの? お暇なら、私と一緒にこの前の続きを膝枕ありで視聴したいです」
「何やら興味と抵抗が惹かれそうな枕詞があったような気がしたが、別に今日は推しのモデルさんの載ってる雑誌を買うだけだから―――」
そう言いかけた瞬間、ふとポケットに入れていたスマホが震え始める。
気になって画面を開くと、そこには、
来夏『……今日、オフだから勉強教えて』
……ふむ。
「なぁ、今コンマ数秒差で俺のスマホがゴールテープを切ったような気がするんだが」
「確実に私がゴールテープを切ってファンファーレを浴びたあとにスマホが登場してきたよね?」
確かに、言われてみればそうだ。
となると、先約は綾瀬ということになる。
伊織『すまん、今日は綾瀬と自宅で膝枕付きのアニメ鑑賞会なんだ』
来夏『……そう』
東堂からのレスを確認し、俺はスマホをポケットへしまった。
「いいの、いっくん?」
「まぁ、大丈夫だろ。先に綾瀬から誘われたしな」
あとでお詫びの連絡をもう一回して、後日勉強を見ればいいだろう。
なんだったら、今はビデオ通話とかしながらでも教えられる。今日の今日の話だったし、できれば東堂の勉強をみてやりたかったんだが……先約ができてしまった以上、いつも遊んでいるとはいえ断るのは綾瀬に失礼になるかもしれない。
「いっくんが、私を優先……!」
そんなことを思っていると、何やら目の前で口元を押さえながら感極まっている綾瀬の姿が。
「ふへへ……いっくんが、私を優先してくれた……♪」
とても嬉しそうでだらしない表情。
ただ、元の素材がよすぎるせいが、見ていてまったく不快には思えない。
「なぁ、綾瀬……写真撮っても「いいぜ♪」ありがとう」
綾瀬はとても優しい。だから伊織くんはとても嬉しい。
「いっくん、今の私は上機嫌! 今なら、膝枕だけじゃないオプションをつけたくなっちゃってるぜ!」
綾瀬は先程更新されたフォルダを確認している俺の横に回り、勢いよく俺の腕へと抱き着いてきた。
「お、おいっ、綾瀬……!」
「いっくん、帰ったら何してほしい? 膝枕から「あーん」まで……なんだったら、際どい恰好での撮影会も厭わないよ!」
「厭え厭え! お前、先約優先にそこまで身を犠牲にするのか!?」
抱き着かれているおかげで、腕全体に柔らかい感触が広がる。
それだけじゃない。着崩した制服から覗く谷間が視線をズラしただけでよく見え、鼻腔を擽る甘い香りに襲われる。
そのせいで、教室に残っていたクラスメイトが一気にざわつき始めた。
『ねぇ、やっぱりあの二人……』
『もしかして、昼休憩に言ってた美柑の好きな人って!』
『羨ましい……クソ、今ほど視線で人を殺められないのが悔やまれるほど妬ましい……ッ!』
……まぁ、客観的にあの綾瀬が誰かに抱き着いているともなれば騒がれるのは当然。
特に、今までこんなことされたこともないため、驚かれるのも無理はない。
そんなクラスメイトのざわついている姿を見て、俺は「また噂になるんだろうなぁ」なんてことを思いながら遠い目を浮かべた。
その時———
『お、おいっ! あれ!』
『なんで、東堂さんがここに!?』
何やら、クラスメイトのざわつきがさらに加速する。
気になって、何人かが向いている方向へ視線を向けると、そこには教室の入り口に立つ腰まで伸ばした銀髪を携えた美しい少女が。
その子はひとしきり周囲を見渡し、やがて俺へと視線が合うと……そのままゆっくり近づいてきて―――
「……佐久間、私もお家行く」
「……はい?」
いきなり、そんなことを言ってきたのであった。
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