離さない
「……だから、これはお母さんの形見でもあって、初恋の彼との大事な思い出」
ひとしきり語ってくれたあと、東堂は愛おしそうにキーホルダーを両手で包んで抱えた。
彼女の表情は、誰の目から見ても分かるほど熱っぽく、恋する乙女のようであった。
その話と表情を見て、俺は—――
(……ふむ)
一人、不整脈かと疑ってしまうほど音を鳴らし続ける鼓動を聞いて、考え込み始めていた。
というのも……その、なんというか。
(身に覚えしかない話なんだが……どういうことだ?)
東堂はそのキーホルダーは形見で、一度失くしたことがあって、男の子と一緒に探したと言った。
一方で、俺はそのキーホルダーに見覚えがあり、一緒に女の子と探した記憶がある。
偶然だろうか? しかし、聞いたエピソードはどれも俺の記憶と合致するものばかり。
初めて綾瀬の初恋エピソードを聞いた時と、ほとんど似ているような気が—――
「……どうしたの?」
ジーッと、何か疑われているような視線を向けられる。
「んン!? な、何がですか!?」
「……なんか「素直に言いたいけど合ってるか分からないし言おうかどうか迷ってる」みたいな顔してるけど」
もし仮に俺が顔に出るタイプでも、ここまで合致するなんて思わず
「……こう見えても私、役のお勉強してきたから洞察力はいい方」
なるほど、とはいえ「いい方」で片づけられないほど的を射すぎていた気したが。
「……じーっ」
「な、なんだよ……」
何故、俺は美少女にこんなに見つめられているのだろうか? 端麗な顔立ちが近くに迫り───
「しゃ、写真いいですか?」
「……許可」
とても嬉しい。これで二枚目。
「……私ね、もう一回会ったらお礼言うんだ」
俺が写真を撮り終わると、いきなり東堂がそんなことを言ってくる。
それを受けて、俺は思わず背筋が伸びてしまった。
「へ、へぇー」
「……あの時「見つけてくれてありがとう」って、「探してくれてありがとう」って」
そして、東堂は見惚れてしまうほどの笑みを、薄く頬を染めながら俺へ向けてくる。
まさか、彼女も綾瀬と同じ告白でもしようというのだろうか? だが昔のことだし、正直綾瀬ほど過去に入れ込んでいる人の方が少ない。
しかしながら、今東堂の向けている表情は、正しく乙女の顔そのもので……誰もが魅せられそうだな、なんて―――
「……最低三発以上、ぶん殴って言いたいこと言ってやるの」
―――是が非でも言うわけにはいかなくなった、とも思った。
(何故だ……何故、俺は複数回殴られるほど恨まれているんだ……ッ!?)
客観的にだけ見れば、しっかりと褒められるようなもののはずなのに。
……いや、確かにあの時は母さんから門限どころか補導一歩手前までの時間外出していた息子に対しての容赦ない死刑宣告に、慌てて何も言わずに立ち去ってしまった。
怒るのも無理はない……まぁ、まさかそのことが三発以上殴られるほどだったとは思いもしなかったが。
「(……好きだ、ってちゃんと言ってやるんだ)」
何やらボソッと、東堂がこっちを向いて呟いたような気がした。
もしかしたら、複数発の拳だけじゃなくて他にも処刑のラインナップを検討しているのかもしれない。
やはり、ここは正直に尋ねてみた方が—――
「なぁ、東堂……実は、さ「……佐久間は頭いいよね?」……そうだな、頭はいい方だと思うが、それよりも言いたいことが「……勉強教えて」……だから、それよりも「……教えてほしい」…………」
何故、この子は頑なに言わせたくないのだろうか?
ここまであからさまに被せてくると、少し不思議というか違和感を覚えてしまう。
その一方で、東堂はジーッとこちらを上目遣いで、
「……ダメ?」
「もちろん、おーけーだ」
しかし、そんな違和感も端麗な雰囲気を醸し出す
勝手に写真を撮ると盗撮扱いになるから、今の光景の脳内メモリに焼き付けておこう。
「まぁ、勉強を教えるのは構わないんだが……どうしてまた急に?」
「……お仕事忙しくて、勉強ついていけない」
東堂はあまり学校に来ていないらしい。
出席日数は足りているのだろうが、一応、うちの学校は県内でもそこそこ偏差値の高い高校だ。確かに授業を受ける回数が少なければついていけないというのも分かる。
「……お金、払う」
「ん? 金はいらんけども?」
「……なら、私の体を差し出せばいいの?」
「前もって訂正しておきたいが、俺が今の会話で一度でも対価を要求したか?」
客観的に誤解を生みそうだから、早急に認識を改めてほしいものだ。
「……だって、こういうお願いクラスの子とかにお願いしたことなかったから」
しゅん、と。東堂が項垂れる。
……もしかして、あまり学校に来ていないから東堂は皆との壁を感じているのかもしれない。
もちろん、嫌われているわけではないだろう。
ただ、メディアでよく見る有名な芸能人だから。人気者だけど友達ではないから、なんて。
ある意味綾瀬とは違う悩みを抱いているのかもしれない。
だからこそ、あまりお願いしたことがなくて対価を要求されないと不安なのだろう。
俺は、そんな東堂に―――軽いデコピンをお見舞いした。
「……痛い」
「察しはメンタリスト並にいいのに、こういうところは疎いんだな」
「……えっ?」
不思議そうにする東堂。
そんな彼女に向かって、俺は───
「女の子が困ってるんだったら、別に理由なんか取ってつけなくても助けようってなるだろ」
───特に誤魔化す理由もないので、思ったことを口にした。
すると、東堂は一瞬だけ呆けたあと、何故か口元を緩める。
「(……やっぱり、同じだ)」
「ん?」
またしても何か呟かれた。
隣に座っているのだから、聞こえるように声を大にしてほしいものである。
「……じゃ、連絡先交換しよ?」
「別にいいけど、芸能人がそれっていいのか?」
「……うちは別に恋愛禁止じゃない」
「ふぅーん」
「……恋愛禁止じゃない」
「今聞いたな」
「……恋愛禁止じゃない」
「…………」
何故だろう? 三回も念を押されるなんて、俺はそんなにも忘れやすい阿呆に見えるのだろうか?
「これは奇跡、運命の巡り合わせなんだよ」
なんてことを思っていると、東堂はいきなり打って変わった口調をし始める。
「だから、私は諦めたくない……こんな偶然、信じられもん。だって、正直諦めかけていたのに、もう一回私の前に現れてくれたんだから!」
「それ、さっきの台本の役なのか? 結局、魅せてくれるんだな」
「ふふっ、さぁどうでしょう?」
東堂は蠱惑的な笑みを浮かべ、俺の頬を突く。
そして、台本通りと思われる続きを、口にしたのであった。
「君は絶対に離さない……だって、また改めてちゃんとした私で言うけど───私は君のことが好きだからっ!」
覚悟してね、なんて。
ウインクとセットで向けられた言葉に、演技だと分かっていても思わず頬が赤くなってしまった。
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