本当は───
(※美柑視点)
まぁ、淡い期待はなかった……と言ったら嘘になる。
そりゃ、こういうイベントで「仲直りして離婚取り消してほしい」って心のどこかで思っていたのは事実だから。
でも、本当はただ彼を見せつけたかっただけ。
二人は仲悪くなったかもしれないけど、私はこんな素敵な人を見つけたんだって。
付き合ってはないし、結ばれるかどうかは分かんないけど……だって、超強力すぎるライバルが二人もいるわけだし。
それでも、言ってやりたかった───ざまぁ、見ろって。
私を振り回した二人に、少しぐらいは意趣返ししてやりたかった。
私は、皆が思うようないい子じゃない。
仲のいい友達はいっぱいいるし、あまりお母さん達に反抗とかしてはこなかったけど、自分は皆が……彼が思うような、いい子じゃないのは自覚している。
(だって、いっくんはこんなに凄いよって見せつけたかったから、あんなに競技させちゃったし)
いっくんは否が応でも目立つ。
去年もそうだったし、運動部顔負けでぶっちぎって注目されるって信じてた。実際、午前だけもかなり目立ってたし。
お母さん達も、観に来てくれているならいっくんの存在は認知するはずだ。
───全部の競技が終わって、私はお母さん達にいっくんのことを紹介するんだ。
いつも「料理作ってくれる」とか「ずっと成績が一位の凄い人がいる」とか「すっごい優しい」とか言ってたから、お母さん達もいっくんの存在は知っているはず。
絶対、面食らうんだろうなーって。
あんなに目立ってた人が私がいつも口にしている人で……私の素敵な人だって知ったら。
その顔を、私は拝んでやるの。
そしたら───
(そしたら、少しは気持ちが晴れるかなって……思ってたんだけどなぁ)
昼休憩に入る、午前の部最後の競技前。
お母さん達から連絡をもらって、私は倉庫付近の保護者席の方まで足を運んだ。
そこで、お母さんからこう言われてしまった。
「あ、そうなんだ……帰っちゃう、んだ」
申し訳なさそうに、お父さんが口にする。
「ご、ごめんよ……クライアントが急に仕事振ってきたみたいでさ、急に会社へ行かなきゃいけなくなったんだ」
「……ごめんね、私も店長から呼び出されちゃったの」
どうやら、お母さん達は急に仕事が入ってしまったらしい。
元より、お母さん達が忙しいのは知っている。
それは私を養うためのお金だって分かってるから、今まで何も文句は言わなかった。
けど、今日だけは。
今日だけは「最後の我儘を聞いて」って、無理に休みを取ってもらったの。
「こ、今度ちゃんと埋め合わせするから! それまでは絶対にあの話も進めないし、美柑がほしいものも……!」
申し訳なさそうにしているお父さんが、慌ててフォローを入れる。
すると───
「……あまり大声を出さないで。周りに迷惑でしょ」
「いや、美柑のお願いを蹴ることになったわけだし……」
「美柑だって、そこまで分別のつかない子じゃないわよ。そりゃ、確かに申し訳ないとは思っているけれど……」
お父さんの言葉に、お母さんが冷たく返す。
いつもの光景。もう見慣れてしまった、二人の関係の歪み。
こんなところでやらなくてもいいじゃん……なんて、言ってしまいたかった。
けれど、それを言ったところでどうにもならないから、私は必死に頭を悩ませた。
(ど、どうする……? 今から、いっくんを呼びに行く?)
けど、もう少しで次の種目が始まっちゃう。
今から連れて来たら種目に遅れちゃうし、いっくんに迷惑がかかるに決まってる。
それに、今からいつまでお母さん達がいてくれるか分からない。
(もう少しだけ「いてほしい」ってお願いする!? 次は昼休憩だし、それならいっくんも来てくれるかな? でも、いっくんは休みたいかも……っていうか、それまでいるかも分からないし、本当に仕事に戻らないとヤバい可能性だって───)
そう思っていた時だった。
(───ぁ?)
ふと、違和感を覚える。
(……なんで、私はこんなに必死なの?)
紹介するだけなら、明日でも明後日でも二人がいる時にいっくんに無理言って紹介すればいい。
別に今日にこだわらなくても、お母さん達が離婚するまでに済ませることができるんだ。
───ざまぁ、見ろって。
あの体育祭で活躍してた人がいっくんで、私の素敵な人なんだって。
冷静に考えて、二人に意趣返しするのはいつだって───
「けど、僕達はもう……その、別れちゃうけど、美柑は三人の思い出がほしいからお願いしてきたと思うし……」
………………………………………………………………………………ぁ。
(そ、っか……)
何気なしに呟かれた言葉を聞いて、胸が激しく締め付けられる。
認めたくないような、しっくり来るような、どうしてか泣きたくなるような。
すっごい、認めたくないあっさりとした理由に、気付かされる。
もしかして。
ただ、私は───
(最後に、三人の……思い出がほしかった、だけ……?)
多分、だけど。自分でもよく分かってないけど。
ざまぁみろって、ただ思わせたいだけじゃなくて。
今日という日にこだわってしまうのは、思い出に残しやすい最後のイベントだからって。
頭のどこかで思っていて、今日という日にこだわっていて。
「わ、分かってるなら……」
───最後までいてよ。
なんて言葉は、出てこなかった。
その発言が二人を困らせるっていうのが、分かっているから。
───いい子じゃないのは分かってる。
これは優しいから譲ったとかじゃなくて……勇気がなかった、だけ。
悪い子に成り切れない、私の心が弱いだけ。
「お、仕事なら……仕方ないね」
その時、ちょうどいっくんを呼ぶアナウンスが聞こえた。
私は自分のクラスのテント下に戻り、一生懸命いっくんを応援した……気を紛らわれたくて。
結局、私はいっくん達とお昼ご飯を食べるまでに、小さな願望すら口に出せなかった。
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