昼休憩
―――さて、午前中の種目も無事終了。
体育祭に向けられた熱気も徐々に上がっては来たが、腹が減っては戦はできぬ。
ここで一度昼休憩に入り、各々腹を満たしたあとに午後の部最初の応援合戦が始まる。
それぞれ準備があり満足に休憩できない者もいるが、とりあえずフェンスから覗くグラウンドには生徒の姿は見受けられなかった。
その代わりに、自身の子供の活躍を見守る保護者の姿がテント下に見える。
「……こういう時って、なんか生徒と保護者が一緒にご飯食べるものだと思ってた」
ほどよく心地の良い風が吹き、艶やかな髪を靡かせながら東堂が口にする。
「保護者と一緒に食べるのって、小学校ぐらいまでじゃない?」
口をもぐもぐと動かしながら、綾瀬が東堂の疑問に返事をする。
―――現在、俺達は屋上で昼休憩を取っていた。
本当は教室でご飯を食べたかったのだが、この前のことでよく分かった……この面子は、異様に目立ちすぎる。
気にしないで飯こそ食べられるものの、あとでぐちぐち言われるぐらいなら初めから皆の視界に入らない方がいい。
というわけで、虫が出るかも風が吹くかもを我慢して、俺達は誰もいない屋上で飯を食べることになった。
「ほら、中学校は給食だったりするし、高校に入ったら準備を生徒主導にするから満足に一緒にいられないし、そもそも場所が用意できないしね」
「……マジ?」
「……なんか、その反応を見たら芸能人の忙しさってものを感じさせられたんだけど」
中学の体育祭、出られなかったんだろうなって分かる反応であった。
「(……まぁ、今一緒に食べるってなっても困るしね)」
ボソッと、綾瀬が口にする。
その言葉は辛うじて聞こえはしたものの、それ以上は追求せずに東堂が話題を変えた。
「……そういえば、西条院は一緒にご飯食べないんだね」
「なんか、西条院は生徒会のメンバーと飯を食べるんだと。すぐに仕事しなきゃいけないからって」
「……西条院もMっ子。自ら社畜の道を進むとは」
東堂は忙しない西条院の話を聞いて肩を竦めた。
まぁ、自ら忙しい役目を追っている部分はマゾな気質の片鱗を感じる。
これで父親の仕事も手伝って毎日勉強もしているのだから、本当に彼女は凄いと思う。
なんてことを思いながら、俺は総菜パンを一口頬張る。
すると、弁当を食べていた綾瀬がふと首を傾げてきた。
「いっくんいっくん、今日はお弁当じゃないの?」
「作ってはきたんだが、なんか急遽出勤になった父親に持っていかれた」
忽然とキッチンの上から弁当がなくなった時は、思わず父さんに鬼電したっけなぁ。
んで、何故かもう食べられていた。家を出る時に電話したはずなのに。
「……私も惣菜パン」
「栄養偏るぞ、次からは弁当を作ってもらうようにしなさい」
「……何故私の時は心配されるのか」
最近、東堂は見ていて少し心配したくなる。不思議だ。
「しかし、久しぶりにこういうの食べたが……なんか味気ないな」
普段、自作するため惣菜パンで昼食を済ますということをあまりしてこなかった。
たまに弁当を作る時間がなかったり、そんな気が起こらなくて惣菜パンを買うことはあるが……その度に、物足りなさを感じてしまう。
美味しいのは美味しいんだが、どうしても手作りの方が───
「いっくんいっくん」
ふと、俺の肩がつつかれる。
横を向くと、そこには卵焼きを掴んだ箸をこちらに向けてくる綾瀬の姿があった。
「はい、あーん♡」
おっと、これはこれは。
よく漫画やアニメで見るような青春の一コマである。
「……綾瀬、何してるの?」
「えー? いっくんが惣菜パンで物足りなさそうな顔してたから、お裾分け♪」
「……ぐぬぬ、そういうことか」
そして、今度は東堂が勢いよくこちらを向く。
すると、東堂は自分の持っていた惣菜パンを俺の口元に差し出してきた。
「……はい、あーん」
どうしよう、味気なさを感じていたのに同じ惣菜パンを差し出された。
「来夏ちゃん、ここは私に譲りなさい。味気なさを感じてるいっくんを満たすのに、君の食料は無価値なんだから!」
「……美少女に食べさせてもらうっていう付加価値で勝負」
「そんなこと言ったら、私だっていっくんに激写されるほどの美少女なんですけど!?」
「……まぁまぁ、二人のやつを食べてもらえばおけ」
「むぅ……まぁ、それもそっか」
二人の視線が、同時に向けられる。
期待が籠ったような、そんな眼差しと端麗すぎる顔が同時に迫り、思わずドキッとしてしまう。
「いっくん、あーん♪」
綾瀬は愛嬌と人懐っこい笑みを浮かべながら、
「……あーん?」
東堂はあまり慣れていないのか、合っているかどうか分からず首を傾げながら、それぞれが食べ物を向けてくる。
「……一応、お腹いっぱい食べると午後の運動に影響が出るんだが」
「あら、いっくんさんは女の子二人に差し出されたご飯が食べられないと?」
「……黙って食べてくれた方が、嬉しい」
……まぁ、一口だけなら午後に影響は出ないだろう。
そう思い、俺は二人から差し出されたものを口へと頬張るもであった。
なお……その、見られながら食べさせられるのは、少し恥ずかしかった。
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