少しムカつく
「そういえば、綾瀬さんの姿が見られませんね」
ガラガラガラッッッ!!! と、倉庫のシャッターのうるさい音が耳に響く。
グラウンドから少し離れたせいか、先程まで聞こえていた喧騒が嘘かのように落ち着いた空気が流れていた。
「ハチマキを男連中に返している時にはいたんだけどな、なんか「ちょっと用事行ってくるけど、いい加減その顔やめた方がいいよ?」って言ってどっか消えてったな」
「綾瀬さんにもしっかり注意されているではありませんか」
とは言っても、前半まではしっかり「いっくん、お主も悪よのぉ」とか言って楽しんでいたが、敢えて口にはするまい。
「そういえば、佐久間さんのご両親は今日来られているのですか?」
「ん? いや、二人共仕事で来れないって言ってた」
「お仕事なら仕方ありませんよね」
「あと「お前が活躍してキャーキャー♡ 言われるのが腹立つ」って、元より来るつもりはなかったらしいよ」
「確かに、佐久間さんが体育祭で活躍する姿は間違いなく女性陣から黄色い歓声があがりますものね……」
午前中もそろそろ終わりそうなのだが、何一つしてそういう声が耳に届いたことがなかった。西条院はどうやら知らないらしい。
「そっちの父親は来てるのか?」
「ふふっ、こちらも忙しいという理由で断られましたよ。まぁ、来たら来たらで困りますが……」
西条院は少し遠い目を浮かべて───
「……あの父親が来ると、私を含め目立つのは必至ですから」
何がどうなって目立つのかは言ってないが、哀愁漂う背中がなんとなくの察しを与えてくる。
ただ、正直……西条院だけでも目立つのは必至というかなんというか。
「……中学時代、保護者席いっぱいに『さいきょーに可愛いひいちゃん! 頑張って♡』などといった横断幕を掲げられた日は、初めて父親に殺意が湧きました」
俺でも殺意が湧きそうだ。
「まぁ、それだけ愛情を向けてくれているということもあるので、あまり強くは言えないのですが───って、あら?」
そう言いかけた時、ふと西条院の足が止まる。
保護者席の前を通ろうとした矢先、人混みから少し離れた場所で見覚えのある髪色と背中が視界に入った。
艶やかな金の長髪に、少し洒落た結び方をしているハチマキ。
恐らく、西条院も同じ背中が視界に入ったから足が止まったのだろう。
それと、見覚えのない男性と女性が彼女と一緒に話していたから───
「あちらは、綾瀬さんのご両親でしょうか……?」
「……見たことはないが、年齢的にもそうだろうな」
知り合い、にしては歳がいっているような気がする。
ちょうど、見た目的には俺の両親と同じぐらい。
綾瀬も「今日は来る」と言っていたし、普通に考えて親であることは間違いないはずだ。
(……あれが、綾瀬の両親)
───よろしくはない。
よろしくはないんだろうが、正直に言うと親だと察した瞬間……胸がムカムカした。
だって、綾瀬を泣かせた人だから。
それぞれにそれぞれの事情があるのだとしても、知りもしない人達を慮って気を遣うよりも、心情的には親しい大事な人の味方になってしまう。
このタイミングじゃなくても。
皆で話し合ってから決めてからでも。
差し出がましい、偉そう、部外者。
そういうのを諸々含めて分かっていたとしても、少し苛立ってしまう。
「俺ってさ」
「はい」
「結構、心が狭いのかな?」
抱いてしまったこの感情を誤魔化すように、思わずそう呟いてしまった。
一瞬、不思議そうにした西条院だったが───
「……狭いと言えば、狭いかもしれませんね」
「なんとなく、自分でも分かってるんだけどな」
「ただ、その心の狭さが当事者から見て不快かどうかは別問題ですよ、佐久間さん」
優しく、それでいて温かい笑みを浮かべて、そう言ってくれた。
「まぁ、どうして佐久間さんがいきなりそんなことを尋ねてきたのかは分かりかねますが……少なくとも、あなたの心の狭さは私にとって心地のよいものですよ」
西条院は軽く、俺の背中を叩いてくる。
まるで「自信を持て」と言わんばかりに。
「……すまんな、ちょっとナイーブになってた」
「ふふっ、そういう佐久間さんも私は素敵だと思いますよ。普段から隙がありませんし、一つぐらいは『ギャップ萌え』という要素でも見せてくださいな♪」
「うん、ちょっと何を言ってるか分からない」
込み入った話でもしているのかもしれない。
何せ、少し前までの事情が事情だったから。
挨拶するにしても、帰り際とかに綾瀬に紹介してもらってするべきだろう。
そう思い、俺は綾瀬達のいる方とは反対方向へと足を進め───
『二学年二組の佐久間伊織くん、至急集合場所へとやって来てください』
……ようとしていた時、そんなアナウンスが聞こえてきた。
「あの、佐久間さんの次の種目の集合時間って……」
「ふむ、そういえば気にしてなかったな」
「は、早く行ってくださいっ! それと、手伝っていただきありがとうございました!」
こういう時、しっかりとお礼を忘れないのが彼女のいいところなのだろう。
さっきも、優しく背中も押してくれたし、本当に───
「西条院って、マジでいい女だよな」
「〜〜〜ッ!? い、いいから早く行きなさいっ!」
そう言われ、走って向かうものの……俺は思わず口元を緩めてしまった。
最後に見た、彼女の顔。
お淑やかで、大人びていて、凛としていて。
そんな彼女が───
「い、いきなりそんなことを言わないでください……ばかっ」
顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに唇を尖らせている姿が、とても可愛らしかったから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます