体育祭③
障害物競走と続き、つつがなく種目は進んでいく。
賑やかな喧騒に包まれ、時間が経つにつれて盛り上がりを見せる体育祭も、早いもので折り返しに差し掛かっていた───
『……佐久間さん、お願いします返してください』
『それがないと、体育祭って感じがしないんです』
『もう二度と、佐久間さんの悪口は言いません』
少しばかりの休憩が設けられ、次がいよいよ午前の部最後の種目になってしまった頃。
俺のクラスのテントの目の前に、男子達の少し短い行列が並んでいた。
「よしよし、てめぇらしっかり頭を下げろよ……頭に何も巻かれていなきゃ、なくしたんだって可哀想な瞳で心配されるか、敗者のレッテルを貼られてることになるんだからなー! あーっはっはっはー!」
『『『『チィッッッ!!!』』』』
同じクラスだけでなく、同学年の他クラスの男子まで悔しそうな顔を見せる。
その姿がなんとも滑稽で愉快極まれり。周囲にいる女の子達が何やらヒソヒソと話しているが、正直そんなのどうでもいい。
普段、散々綾瀬関連で色々とやられてきたからな……俺の中に溜まった鬱憤が一気に解消されて気分がとても……ンいィッ!!!
「こらっ」
ゴスッッッ、と。
突然、背後から脇腹をかなりの衝撃で殴られた。
「ごふっ!?」
「カツアゲが行われているとお話を聞いて慌てて駆けつけてみれば……何をやっているのですか、佐久間さん」
脇腹を押さえながら、痛みと共に現れた声の方へと振り向く。
そこには、頬を膨らませて少しばかりの怒気を滲ませた西条院の姿が。
「な、何って……さっき騎馬戦で奪ったハチマキを返すためのちょっとした催しを……」
「そんなイベントは組み込まれておりません……まったく、不気味な高笑いが完全に犯罪者のソレですよ」
「……すみません」
「おかげで、私もつい手が出てしまったではありませんか」
つい、と呼ぶのが憚られるほどの痛みを脇腹に受けたような気がする。
「それよりも、早く皆様にハチマキを返してあげてください。正直、傍から見た絵面が「債務者から金を巻き上げる闇金融」のソレにし見えず、保護者の方から心配の声が挙がっています」
「そんな酷い絵面だったのか……」
気分がとてもよかったので、正直外聞など気にもしていなかったのだが……脇腹を強く殴ってしまうぐらいには酷い絵面だったみたいである。
色々言い訳を並べてみたい心情ではあるものの、とりあえず西条院を困らせるわけにはいかない。
俺はまだ残っている三十本のハチマキを各々に返していった。
『……次は負けねぇからな』
『お前、なんで体格が小さい騎馬でも無双できるんだよ』
『たまにはお茶の間が喜ぶ苦手ぐらい持て、クソ野郎!』
せっかく返してあげたというのに、手元にハチマキが戻ってきた男達は文句を言ってくる。
正直負け犬の遠吠え感が凄まじくて、この絵面を見るだけでも相当悦に浸れた。気持ちがよかった。
「……あの、佐久間さん」
全員に返し終わると、ふと西条院が体操服を引っ張ってくる。
最近の女の子は、体操服を引っ張るのにでもハマっているのだろうか?
「私、騎馬戦の準備で控えていて男子の騎馬戦を観られていなかったのですが……」
「まぁ、男女別だしな」
筋肉差と体格差があっての肉弾戦など、元より勝負にならないし妥当だろう。
あとは、最近セクハラ問題がかなり深刻みたいだし。
「その、一体いくつの騎馬を落とされたのですか……?」
「うーん……そうだなぁ、多分四十ぐらいじゃなかったか?」
「……男子の騎馬の総数って、確か四十五とかではありませんでしたっけ?」
五人ほどハチマキが取れなかったのが今でも悔やまれる……なんと情けないことか。
「(なるほど、そのような活躍を……去年も凄まじかったという記憶はありましたが、今年もまさかそれほどだったとは……)」
「ん? どうした、西条院? いきなり自分の世界に浸っちゃって?」
「(佐久間さんの、雄姿……是非とも生で観たかったものです。悔やまれますが、佐久間さんの姿を終始家政婦さんに撮らせているので、帰ってそれを観て満足するとしましょう)」
きっと、彼女も生徒会の仕事で忙しいのだろう。
何やらプライバシーが平然と侵されているような気配を感じたが、考え込んでいるというのであればあまり邪魔しないようにしなければ。
「時に、佐久間さん」
「お、考え事は終わったのか?」
「はい、あとでスクリーンの上映会を行うことにしました」
なんだろう、ごく普通な休日の過ごし方のような発言なのに、背筋の悪寒が止まらない。
「そうではなく、まだ次の競技まで時間がありますよね?」
「まぁ、今回の休憩は少し長いみたいだからな」
「でしたら、荷物を運ぶのを手伝ってください。かなり重たいもので、女手一つだと少し厳しく……」
「四連続の種目参加者をさらに酷使させる点には驚いたが……そういう話なら、手伝うか」
まだ休んでいたいが、そういうわけにもいかない。
俺は西条院の手を引っ張り、テントの下から出ることに。
「断られれば、先程のことに対しての罰だと言うつもりでしたのに……ふふっ、杞憂でしたね」
「西条院が困ってるんなら、手を貸さない方がおかしいだろ」
「……そういうところですよ、佐久間さん」
今度は本当に軽く。
少しだけ頬を赤くした西条院から、脇腹を小突かれる。
痛くはない。それよりも、そういうことをする西条院が可愛いな、と。
そう思いながら、俺は西条院に指示されるがままにグラウンドから少し離れた場所にある倉庫に向かって足を進めるのであった。
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