体育祭②

『ご挨拶はこのぐらいにして───では皆様、どうかくれぐれも怪我をなさらず、全力で今日という日を楽しんでくださいませ』


 グラウンドの中央。

 開会式も終了を迎える間際、台座の上にて人一倍美しくて気品のある少女が頭を下げて降りていく。

 その姿へ、グラウンドへ集まっていた生徒達が一斉に拍手を送り、続いて解散のアナウンスが流れた。


『やっぱり、西条院さんって最高だよなぁ』

『次期生徒会長は、やっぱり西条院なのか?』

『俺、あの先輩初めて見たけど……噂通り、すっげぇ綺麗な人だったな』


 そのアナウンスを受けて各々のテントへ戻っていく中、ところどころからそんな声が聞こえてくる。

 流石は容姿端麗、成績素行優秀、人望も厚い学校の人気者様だ。ただ挨拶しただけなのに、聞こえてくる会話の話題が西条院一色である。


(羨ましいというか、なんというか……そりゃ、告白の数も絶えないわけだ)


 というより、下級生の心を掴むのが早すぎる。

 まだ新年度になってからそれほど時間は経っていないというのに。


「……さて、集合場所に向かわないと」


 第一種目は障害物競走。

 誰かさんのせいで、出ない種目の方が珍しくなってしまったため、序盤から参加しなければならない。

 できれば、障害物競走には苦い思い出しかないから参加はしたくなかったのだが……応援合戦に綾瀬が参加するらしい。チアコス姿で。これはもう撮るしか(※本人の許可は得ています)ないということで、応援合戦を蹴って障害物競走を参加することになったのだ。


「……あ、佐久間も参加するんだ」


 待機する場所へ向かっていると、不意に体操服が引っ張られる。

 後ろを振り向くと、筆舌に尽くし難いほど整った容姿をした東堂の姿があった。


「ってことは、東堂も障害物競走か?」

「……うん、余り物。いつの間にか決まってたオチ」

「出席していない弊害が出たな」

「……それはそう、だけど」


 東堂が俺の腕を手に取り、嬉しそうな笑みを浮かべた。


「……佐久間のかっこいい姿を近くで見られるから、よかった」


 クールでいつも表情が乏しい彼女から向けられる笑顔。

 距離も近いこともあり、不意を突かれた俺の心臓が一気に跳ね上がる。

 男であれば誰もが喜びそうなセリフだ、思わず顔が熱くなってしまうのも仕方ないだろう。

 だから、嬉しいことを口にしてくれた東堂に向かって、俺は―――


「去年、俺はこの競技でパンツを晒したんだが、いいのか?」

「……なんですって?」


 今年は醜態を晒さずに済むのか……正直、その部分だけが非常に心配である。


「……まぁ、大丈夫。私は佐久間が黒のレースやピンクのランジェリーを履いていたとしても、幻滅しない」

「すこぶる幻滅してほしいラインナップだな」

「……今度、履いてあげよっか?」

「履いたとしても見せるなよ? 何をムキになっているのかは知らんが、絶対に見せるなよ?」

「ふり?」

「振りじゃないからな!?」


 世間で大人気な芸能人の下着を見たとなれば、各種方面から大バッシング間違いなしだ。本音はともかくとして。


「……待機場所、ってここでいいの?」


 そうこうしているうちに、生徒が集合しているグラウンド端へと辿り着いた俺達。

 東堂というメディアで大活躍する美少女がいるからか、近づいただけで普通なら浴びないであろう視線が突き刺さってくる。


「……佐久間がかっこいいから、皆の視線いっぱいだね」

「ギャラリー視線の向く先をもっと見た方がいいぞ、美少女」


 東堂とはクラスが違う。

 そのため、待機する場所も違い、一緒に来たのはいいがすぐに別々のところへ座らされた。

 最後に「……頑張ってね」という言葉をもらい、自分のクラスが集まる場所へ座る。

 すると、近くに座っていたクラスの男子が―――


『……今日は楽しもうね、佐久間くん』

『早速よろしくやって来てたみたいだね、佐久間くん』

『今日のために、いっぱいラフなプレーを練習してきたんだ、佐久間くん』


 ほんと、こいつら倫理観が終わってるな、と思った。


(……そういえば、今日は綾瀬の両親が来てるんだったな)


 そう思ったその時、タイミングよくアナウンスが流れる。


『第一種目、障害物競走を始めます。出場者の皆様は入場してください』


 話しかけていた男子も含め、座っていた面々が一斉に立ち上がる。

 ただ、俺の頭の中はふと先程された綾瀬の発言のことでいっぱいになってしまっていた。


(まだ会ったことがないし、一回ぐらい挨拶に行った方がいいのか? いや、でも今結構突っ込める状況でもないし……)


 比較的序盤ということもあって、すぐに自分の番まで回ってきた。


(でもなぁ……綾瀬にはいつもお世話になってるし、飯の時間まで大事な娘さんを預かってるって考えると、一回ぐらいは会っておいた方が)


 麻袋を履き、すぐに脱ぎ捨て、網を潜り抜けたあとにぶら下がってるパンを―――


『おいっ! なんか一人だけ勢いよく進んでいくぞ!?』

『あの人爽快すぎない!? 障害物、ほとんど機能してないじゃん!』

『おいっ! ラフプレーはどうした!?』


 ……あ、このパン美味い。


『ゴ、ゴール! 一着は二組の佐久間くんですっ!』


 ―――なんて思っていたら、いつの間にかゴールテープを切っていた。

 何やら周囲がざわついているような気がするが、そろそろ東堂の出番が近いからなのかもしれない。流石は芸能人様……注目っぷりが尋常じゃないのなんのだ。


(冷静に考えたら、今ここでパンを食べたらお昼がキツくなるなぁ)


 なんてことを思いながら、俺は東堂の番を見守るためにスタート地点へ視線を向けたままパンを頬張るのであった。








『と、東堂さん頑張って!』

『おい、次の番のやつ止まれよ! まだ東堂さんがパンを咥えられてないだろ!?』

『頑張って、東堂さん! もう皆ゴールしてパンを食べ終わってるけど、頑張って!』


 周囲に励まされている状況を恥ずかしがりながら、一生懸命にパンを咥えるために飛び跳ねる東堂がめっちゃ可愛いな、と思った。

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