ちょっと待って

「伊織、飯持ってきたぞ!」


 なんて、昼休憩の終わり間際に言ってきたのは、俺の父親。

 校門前までやって来ていると連絡があり、屋上から駆けつけて来た息子への第一声がこれである。

 大型のバイクでわざわざ飛ばしてやって来てくれたのだろう。

 ありがたい話だ。己の過ちを理解して、仕事を抜け出して学校まで来るとは。

 ただ───


「飯、食い終わったんだけど」


 もう少し早く来ねぇかな、とは思った。

 二人からなんだかんだ惣菜パン一個とおかず全品を食べさせてもらったため、正直お腹がパンパンである。


「なんだ、せっかく叙〇苑で買ってきてやったのに不満そうな顔しやがって」

「食い終わったからな」

「なんで父親の弁当が食えないんだ?」

「食い終わったからな」


 これ以上食べたら、すぐお腹をくだしちまうよ。


「むぅ……まぁ、いい。これは今日の三時のおやつにでもしてくれ」

「だから食えるか」

「っていうわけで、俺は行くぞ。息子が若きJKに「キャーキャー♡」される姿なんて見たくないからな」


 マジで何しに来たんだろう? なんてジト目をこれでもかと向けると、父さんは無視してヘルメットを被り、そのままバイクを走らせていった。

 激しいエンジン音が耳に響くと、徐々に父さんの姿は街中へと消えていく。

 本当にこの時間を返してほしかったな、というのが見送った父親の背中を見た素直な感想であった。


(……戻ろ)


 昼休憩が終われば、応援合戦。

 俺が唯一の休息とを引き換えに、応援合戦のコスチュームに着替えた綾瀬を激写させてもらうご褒美な種目じかん

 早く戻って、この日のために用意した一眼レフの調整をしなければ───


(……ん?)


 グラウンドへ戻ろうとしたその時、ふと正面から見覚えのある二人が歩いてくる姿が見えた。

 見慣れているわけではない。それでも、ついさっき見たことのある顔。

 その人達は、つい一時間前ぐらいまで……二人であった。


(なんで、こっちの方に? 今日は観に来たんじゃなかったのか?)


 歩いているのは、校門の方。

 グラウンドへ戻っている俺と反対方向に歩けば、学校の外へ出てしまう。

 もしかして、飯でも買いに行くのだろうか? と思ったが、すぐにその考えを振り払う。


(……いや、近くのコンビニまでそれなりに距離がある。事前に体育祭へ行くって分かってる人間が昼食を忘れるとは思えない)


 朝一番で身内に食べられない限りは。


(ってことは帰るのか……?)


 元々昼から帰るつもりだったのか、はたまた急な用事でも入ったのか。

 疑問に思っていると、二人の姿が俺の横を通り過ぎ───


「あ、あのっ!」


 ───ようとした時、思わず声をかけてしまった。


(……やべっ)


 声をかけるつもりはなかった。

 会うのも、綾瀬から紹介してもらってからの方がいいと思っていたのに。

 それでも、声をかけてしまったのは……本当に、なんとなく。と、体が反応してしまったからだろう。


「な、なんでしょう……って、君は異様に目立ってた……」


 二人の足がピタリと止まった。

 自分でも、正直声をかけてしまったことに驚いている。

 遠目から見ていた時は少しばかりの怒気が胸の内から湧いてきたというのに、今となっては情けなくも戸惑ってしまっいた。


「さ、佐久間伊織です。いつも、綾瀬さんにはお世話になっておりまして……」

「あぁ! 君が佐久間くんか!」


 綾瀬の父親が名前を告げると、近づいてきて勢いよく手を握ってくる。

 あまりにも気さくな姿に、先程以上に戸惑ってしまった。


「いつも娘から話を聞いてるよ! こちらこそ、娘がお世話になっているみたいで!」

「あ、はい……」

「私の方からも、娘がお世話になっております」


 すると、今度は綾瀬のお母さんが近づいてきて頭を下げてきた。


「いつかはお礼を言わないとと思っておりまして。押し掛けている挙句に、ご飯まで娘が何度もご馳走になり佐久間さんには感謝しております」

「わ、私が好きでご馳走しているだけですので! その、頭を上げていただければ……」


 なんていうか、その……実際に話しているとイメージと違うな、というのが素直な感想であった。

 お父さんは気さくでいい人、という感じが初対面でも伝わってくる。

 お母さんの方は礼儀正しく、しっかり者さんという感じ。


「いやー! 今日はで来てよかったよ! 君にも会えたことだしね!」


 きっとこの両親は綾瀬むすめとしっかり仲がいいのだろう───そうでなければ、俺の話など仮に綾瀬から聞いていたとしても気にもとめないだろうから。


「ごめんね……本当は色々と君とは話したいけど、僕達急な仕事が入っちゃって帰らないといけないんだ」

「また改めて、ゆっくりとお話させてください」


 ───けれど、

 戸惑っていた気持ちが落ち着くと……ふと、思ってしまう。


(なに、こいつら帰ろうとしてんだ……?)


 俺の心が狭いから、こんな気持ちになってしまうのは分かっている。

 けど、どうして。

 自分達が押し付けた我儘を綾瀬に呑ませようとしているのに、何故この人達は綾瀬のお願いを最後まで聞かないんだ?


 お願いされた、と自分で言ったのに。

 仕事があるからと、途中で投げ出そうとしている───


『今日さ、私のお父さんとお母さん来てるんだよね』


 体育祭が始まる前に、言っていた言葉。

 その発言の意味は、しっかりとは分かっていない。

 なんとなく……本当になんとなく、だけど。

 わざわざ俺に言ってきたということは、ということだと思う。


 それが何かは分からない。

 確証だってない。

 ただ、今ここで二人を───


「ちょっと待ってください」


 背中を向ける二人へ……俺は、


「振り回そうが、事情があろうが……仮にも親なら、娘のお願いぐらい聞いてやってくれませんか?」


 キッパリと、そう言い放った。











「……えっ? いっくんと、お父さん達……なんで?」

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