テストの成績

 綾瀬と東堂が刺激的な格好でアニメ視聴をした次の日の朝───


「うーむ……」


 ちょうど自分のクラスの前にある掲示板。

 そこで、多くの生徒が詰め寄って一喜一憂している中、少し離れた場所で俺は一人唸る。

 すると、真横から何やら人差し指で頬を突かれた。


「どったの、いっくん? そんな「俺達の戦いはこれからだ!」みたいな顔して」


 東堂とは比べものにならないぐらい的外れな察しをしてきた綾瀬が、いきなり俺の顔を覗き込んでくる。


「いや、テストの結果が貼り出されてるだろ?」


 今日は新学期早々に行った定期テストの結果が貼り出される日だ。

 うちの学校ではそれぞれの競争心を煽るために、それぞれの成績をご丁寧に開示する。

 一学年二百人を越える全員の名前を貼り出すには手間なのか、上位五十人までの名前が載るようになっていたりする。


「うん、張り出されてるねー……見たくもねぇ」

「ちなみに、何位?」

「五位だった!」


 その順位なら見てやれよ。


「やっぱり、英語が足を引っ張っちゃったのかなぁ……まったく、ただでさえ母国語が難しいっていうのに外国語まで履修しなきゃいけないなんて、今時の若者は涙目だよ」


 やれやれ、と。肩を竦める綾瀬。

 見た目こんなにもギャルっぽく、テストの成績が悪い人間の言い訳みたいなことを口にしているのに、ちゃんと言っておくが───この子、約二百人の中の五位である。


「別に悪くない順位じゃないか? 行きたい大学も、ある程度狙える順位せいせきだろうに」

「いや、まぁそうなんだけどさ……下手に点数取っちゃうと次が怖いというか。ここまで来ると下がる可能性は高くても上がる可能性は少ないわけじゃん?」


 綾瀬の言わんとしていることは分かる。

 点数がいいことにこしたことはないが、上に行けば当然上限が近づいてしまう。

 そうなると、下から追い上げらることはあっても自分が追い抜くことは難しい。

 これも、競争心を煽るように点数が開示されているからこその悩みなのだろう。


「しかも、だいたい上位の人は固定だしー」


 何故だろう、横からジト目を向けられる。

 とりあえずスルーしておこう。


「……俺は順位とかさして気にするタイプじゃないから、あえて言うが」

「ん?」

「抜かされても抜いても、綾瀬が勉強頑張って出た成績なんだから誇ればいいと思うぞ? 学校だけじゃなくて、ちゃんと俺の部屋来てまで勉強してるのは知ってるし」


 結果が出ようが出るまいが、自身の努力してきた結果は恥じることではない。

 特に綾瀬の場合は分からないところとか分かるまで理解しようとするし、放課後もしっかりとテストの備えてきたのを見ている。


「投げずに諦めなかった結果が仮に下がったとしても、綾瀬のそういう真面目で努力してきたところは知ってるし、俺の前でぐらいは胸張ってもちゃんと褒め───って、どした? 顔真っ赤になってるが……」

「……いっくん、ズルい」


 どして?


「そういえば、東堂は成績どんなもんだったんだろうな?」


 顔を真っ赤にして脇腹を軽く殴ってくる綾瀬を他所に、ふとそんなことを思った。

 今日は仕事だと言っていたし、学校には来ていないだろう。

 だからこそ、もしかしたら事前に先生から成績を教えてもらっている可能性がある。

 教えてほしい、と言われた手前、少し気になってしまった。


「えーっとね……そういえば、さっき来夏ちゃんから連絡きてたような?」

「連絡先、交換したんだな」

「うんっ! 仲良くなった記念♪」


 流石は社交的な綾瀬だ。

 もう学校の人気者と連絡先を交換できたとは。


「あとはライバル記念……ッ!」


 早いなぁ……敵対関係になるの。


「いっくん、来夏ちゃんは百九十八位だって」

「なるほど」

「……………………」

「……………………」

「……早く、勉強教えてあげないとね」

「……そうだな、できるだけ早急に教えてやらないとな」


 どうしてか、とはあえて口にはしないが、そう思った。


「それで、いっくん。どうしてさっき唸ってたの?」

「ん? いや、昼休憩にクラスの男子達から屋上に呼び出されてな」

「テスト関係ないじゃん」


 まぁ、関係はないんだが───


「どうやら、メリケンサックと金属バットとセメントを持って来るらしい」

「……悪魔崇拝サバトでも行うの?」


 仮にそうだとしたら、悪魔を呼び出すための贄とされてしまう恐れがある。是非とも逃げ出したいところだ。


「っていうわけで、如何に昼休憩を乗り切ろうか悩んでいてなぁ」

「ふぅーん……なんでそんなことになっているのか分からないけど、男の子も中々楽しそうだねぇ」


 きっと、昨日綾瀬と東堂に腕を引かれながら帰った挙句、連絡をすべて無視していたからなのだろうが……まぁ、あえて言う必要もないだろう。


「でも、よく考えればいっくんが成績を見て悩むこともないか! 今回も変わらず一位っぽいし!」


 いえーい、と。綾瀬が嬉しそうにハイタッチを求めてくる。可愛い。


「ってことは、今日もお祝いだね! ポテチとコーラとメリケンサック用意しなきゃ!」

「最後の一つに祝う気が感じられないが……そうだな、今日は二人の祝勝会するか! どうせ親が帰ってくるの遅いし!」

「おっと! じゃあ今日はいっくんお手製のお料理食べ放題!?」


 お母さんに許可もらわないと、と。

 綾瀬はスマホを開いて何やら忙しなさそうに打ち込み始めた。

 その姿を横目に、俺はもう一度掲示板を離れた場所から覗く。


(……下から抜かされるかもしれない、かぁ)


 掲示板の一番上には、ありがたいことに自分の名前。

 特段成績にこだわっているわけではないが、確かに誰かに抜かされると少しショックかもしれない。


(まぁ、勉強しておいて損はないし、次のテストも抜かされないように頑張るか……)


 そんなことを思いながら、教室に入るべく背中を向けようと───


「……ん?」


 ───した直前に、ふと足が止まる。


「いっくん、今日は遅くなってもいいってお母さんから許可……って、どうしたの?」

「……いや、なんか誰かに見られてたような?」

「え、そんなのいつもじゃない?」


 ほら、と。

 綾瀬は少し離れた廊下を指差す。


『俺だって、綾瀬と話したいのに……!』

『ここ最近、本当に佐久間とばっかりいるよな』

『佐久間がいなければ、もしかしたら……』


 そこには、恨めしそうにこちらを見る男子達の姿が。


「確かに」

「私がいっくんと一緒にいると、誰かしらはあんな感じだよね」

「流石は人気者、好かれてんなぁ」

「(……好かれたいのは一人だけだし)」

「なんだって?」

「なーんでもありませーん!」


 何かを言おうとしていたのは間違いないのだが、追求されたくはないのか。

 綾瀬は俺の腕を引っ張って教室の中へと足を進める。


(こういうところが、視線を浴びる原因だと思うんだが……)


 とりあえず、ご本人にはその自覚はないようで。

 周囲からの視線を浴びながら、俺は腕を引かれたまま教室へと入っていくのであった。








『ねぇ、西条院さん、また二位だよ!』

『凄いよねぇ……大企業の社長の娘さんで、品行方正で綺麗だし! それで頭もいいとか反則級でしょ!』

『そういえば、さっきまで西条院さんそこにいたような……?』

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