社長令嬢
結局、クラスの男子達からの呼び出しを断り切れず、屋上で楽しく? お話をさせてもらった放課後。
本当であれば今日も綾瀬と放課後に遊ぶ予定だったのだが―――
『いっくん、ごめん……この前話したモデルのマネージャーさんと会うの、今日だった』
どうやら、先約があったらしく。
予定がなくなってしまったことで時間が空いた俺は、珍しく学校の図書館へ足を運ぶことにした。
(うーむ……顔がいい)
人気も少なく静かな雰囲気が漂う中で、俺は隅っこの椅子に座りながら雑誌を読んでいた。
この学校は珍しく、生徒が持ち寄った本などが置かれている。
そのため、教育上まったく関係なさそうな漫画や雑誌なども読めるようになっていて―――俺は現在、何年か前に発売された美容雑誌を捲っている。
美容雑誌はいいぞ……載っている人、だいたいイケメンか美人さんだし。
目の保養になるのなんの。本当は買って家で読みたいんだが―――流石に何年も前から残すとなるとかさばるし、学生にとっては馬鹿にならない金額。
そういう面では、こうして図書館に置いてくれているのは大変ありがたい。
(顔がいいって、正義だよなぁ……こうして紙で見るだけで心が洗われるー)
思わず顔が緩んでしまいそうになるぐらいの美形を見て、一人静かな空間に浸る。
(そういえば、もしかしたら今度は綾瀬がこういう雑誌に載るようになるんだよな……マジで近くの本屋さんを探して、買いまくらないと―――)
そう思っていた時、ふとテーブルを挟んだ対面の席から座るような音が聞こえてきた。
(……空いてるのに、わざわざ対面に座るんだな)
放課後の図書館ということもあって、人は少ない。
俺が入って来た時は貸し出し口のカウンターに図書委員が座っていたぐらいだ。
あれから人が多く押し寄せてきた雰囲気はなく、図書館にある椅子にはかなりの余裕があると思われる。
知り合いだろうか? なんてことを思いながら少しだけ視線を向けた。
すると、偶然にも……向こうもこっちを見ていたタイミングだったからか、視線が合ってしまった。
「ふふっ、読書中に失礼いたしました」
柔らかい微笑。
染めているのか、光に当てられて際立つ至極色の長髪。
美しく、それでいてどこか歳相応のあどけなさを感じさせる端麗な顔立ち。
宝石と見紛うほどの透き通った瞳と、落ち着いた上品な雰囲気。
誰もが目を奪われそうな容姿に、当たり前かのように思わず見惚れてしまう。
(……こんな近くで見るの、初めてだな)
話したことはない、が。知らないわけがない。
綾瀬と東堂と同じように、校内で誰もが知るような人気の女の子。
―――容姿端麗、才色兼備。
社長令嬢であり、生徒会役員であり、多彩な経歴を持っているらしい。
そんな彼女───
「佐久間さんは美容に興味があるのですか?」
「あ、いや……別にそういうのではないんだが―――って、俺の名前知ってるんだな」
「もちろんですよ、いつも私の上に名前がありますし」
「……なるほど」
なんだろう、ちょっと含みのあるような言い方をされた気がする。
ただ、そう思っているのは俺だけなのか、西条院はカバンの中から教材を取り出し、広げ始めた。
「俺に何か用があったんじゃないのか? 目の前に座ってくるぐらいだし」
「あると言えばありますし、ないと言えばありません」
「……つまり?」
「特段用事はありませんが、佐久間さんに興味がありましたので一度ぐらい会話したいな、と。図書室で勉強をしようと思っていたところに、ちょうどあなたの姿を見かけてしまいましたので」
興味、と言われて少し委縮してしまう。
何せ、容姿だけで言えば綾瀬や東堂と甲乙つけがたいぐらいなものであるが、感じる雰囲気が歳上のソレなのだ。
どうにも同い歳と話しているようには思えず、文字通り高嶺の花と感じぜざるを得ない。
「何せ、一学年の頃から一度もあなたを上回ることができませんでしたし、興味を持つなという方が難しいのでは?」
「……順位とかそういうの、興味ないかと勝手に思ってたよ」
「偏見ですよ、佐久間さん。こう見えても、自分に完璧を求めたくなってしまう性格なのです……まぁ、昔よりかはだいぶ柔らかくはなりましたけどね」
その話に、少しばかり驚いてしまう。
西条院という女の子はこういう性格の子なんだな、と。
話したこともなかったし、知らないのは当たり前なんだが……聞いていた話から抱いていたイメージと、どこか相違があって興味深かった。
───真面目、負けず嫌い、というよりストイック。
単にスペックが高いだけであまり競争心のない女の子と思っていたが、どうやら違うようだ。
(こうやって、テスト終わったばかりなのに勉強しに来るぐらいには自分に厳しいのか……)
そういう人は、素直に尊敬ができる。
だからこそ、烏滸がましいかもしれないが「西条院柊夜という女の子のことを知りたい」と思ってしまった。
せっかく向こうも興味があると言ってくれたのだ。綾瀬を見習って、俺もこの機会に是非とも交流を深めたい。
「よし、好きな食べ物は苺で、好きなものは綺麗可愛いもの(美形)だ」
「どうして突然自己紹介を?」
「いや、会話のネタを提供しようかなと」
「……なるほど、そういう意図でしたか」
西条院が少し顎に手を当てて考え込む。
そして———
「てっきり、私への告白の前振りなのかと思いました」
「どういう
流石の夏目漱石でも、そんな解釈にはならないだろう。
「いえ、美形がお好きと仰いましたので。自慢には聞こえてほしくはないのですが、私は容姿が整っている方ですから」
「まぁ、そうだな」
確かに、是非とも写真を一枚撮らせてほしいレベルで整っている。
ただ、なんとなく雰囲気的にお願いするのに抵抗があるが。
「とはいえ、流石に『美形=自分=自分が好き』は飛躍しすぎじゃないか? 俺、いくら美形好きでも中身をちゃんと見て好きになりたい派閥の男なんだが……」
「ふふっ、自惚れでしたね。少しお恥ずかしいです」
申し訳ございません、と。西条院は上品に笑う。
その表情に思わずドキッとしてしまったが、俺は咳払い一つして平静を取り戻そうとした。
「ごほんっ! まぁ、噂に聞くところによると西条院も告白が絶えないらしいしな、疑り深くなっても仕方ないかも」
「そうなんです……最近、新入生が入学してきたからか、告白の回数が段々増えてきてしまいまして。もちろん、ありがたいのですが……」
少し困ったように、西条院はため息をつく。
そんな彼女の姿を見て、思わず首を傾げてしまった。
「もしかして、好きな人でもいるのか?」
「お察しの通りです、流石ですね佐久間さん」
西条院は開いた教材を閉じ、お淑やかで上品な笑みを浮かべる。
「私からお話をしたいと言ったのに、先程は佐久間さんに会話のネタを提供してもらいましたし……せっかくなので、私も一つ会話に華を咲かせるネタを提供しましょう」
誰にも言ったことがないのですが、と。
目の前にいる大人びた美少女は、熱っぽい乙女のような瞳を浮かべて―――
「私、実は幼少期の頃に初めて想いを寄せた男の子に未だ恋しているんです……これ、内緒ですよ?」
そう、口元に人差し指を立てて、口にしたのであった。
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