乙女の口からは少し恥ずかしい
……なんかそのワード、よく聞く気がする。
しかも、最近聞いたのは西条院と同じような美少女達から。
加えて、その二人共の初恋相手が偶然にも───
(い、いや……東堂の場合はまだ確証はないし……!)
ただ、身に覚えしかなかったわけで。
思わず、反射的に背筋が伸びてしまった。
その姿を見て、西条院は可愛らしく小首を傾げる。
「あの、いかがなされましたか?」
「べ、別になんでもないぞっ!」
俺は誤魔化すように開いていた雑誌を閉じ、西条院に向き直る。
「だが、そんな話俺にしてよかったのか? 誰にも言ったことないんだろ?」
綾瀬は前々から公言していたみたいだし、東堂は自分の方から言ってくれはしたが、別に隠している様子もなかった。
しかし、西条院の場合は誰にも言ってないらしく、内緒にしてほしいときた。
つまり、そのことを言いふらしてはほしくないという意味のはずで───
「ふふっ、何故でしょうね」
「いやいや、何故って……」
「強いて言うなら、話していてどこか落ち着く……というより、話してみたいと感じたからでしょうか?」
「ふむ……そんなにリラックス成分を撒き散らしていたとは。我ながら恐ろしい」
将来の就職先はアロマセラピーでもいいかもしれない。きっと、天職だ。
「……実を言うと、東堂さんからあなたの話は聞いていたんです」
「イケメンって話か!?」
「そのワードは一度も挙がってこなかったですね」
一度ぐらいは挙がってくれてもいいじゃない。
「っていうか、二人って仲良かったんだな」
「父の事業を一部手伝っておりまして……その広告塔に彼女が起用されているんです」
「なるほ、ど?」
「ですので、現時点では友人というよりかはビジネスの意味合いが強いお知り合い、といったところでしょうか? 仲良くはしたいと前々から思っておりますが、クラスも違えば、彼女もお忙しいので中々学校でお話する機会もありません」
高校生にしては珍しい知り合い部類の話だが、そういう話なら納得できる。
確か、西条院の家はいくつも子会社を持つ大手企業。
西条院本人も多彩で優秀らしく、高校生の頃からそういうビジネスの付き合いの話になってもおかしくはない。実際、東堂の方もすでに社会人と言っても過言ではなく、演技も上手ければ容姿も整っている各種方面から引っ張りだこらしいし。
「……んで、そんなお知り合いさんからはなんの話をされてるわけ?」
「えーっとですね……先程は『……今日、仕事キャンセルしたい。佐久間のお家行きたい』とのことです」
……ふむ。
「そんなに『ぬるぬる☆乙女!』が観たかったのか」
「……あの、なんて言いましたか?」
困ったな……あれは綾瀬からの借り物だし、先に観たらまた綾瀬から怒られるんだが。
「わ、私には理解できない単語が飛び出したような気がしましたが……恐らくそういう意味ではないかと」
「ん?」
「そこで、先程の話に戻ってくるわけです」
落ち着く、という話だろうか? あれはリラックス成分配合という話で終わったような気がするんだが───
「……まぁ、この話はやはり終わりにしましょう」
「振られるだけ話を振っておいて、好奇心だけ取り残された……」
「ふふっ、それは乙女の口から言うのは少しばかり恥ずかしい、ということで納得してください♪」
理解はできない……のだが、いたずらめいた西条院の顔を見て、聞き返すことができなかった。
上品でお淑やかな女の子が見せる小悪魔めいた表情のギャップ……正直、ときめかない男の方が少ないだろう。
「(下心を感じず、話していて楽しい……なんて、口にするのは気があるようで恥ずかしいものです)」
なんだろう、今の顔を是非とも写真に収めたかった。
そう思っていた時、ふと下校時間を報せるチャイムが図書館内に響き渡る。
「あら、もうこのような時間なのですね」
西条院は壁にかかっている時計を確認すると、結局一度も読むことのなかった教材をカバンにしまい始める。
「佐久間さんとお話していると、時間があっという間に過ぎ去ってしまいました」
「……そう言ってもらえるとありがたいよ」
こっちもあの校内で有名な西条院と話せて楽しかった。
立て続けに美少女と知り合ってしまったような気がするが、こういう巡り合わせも存外嬉しく思える。
「佐久間さん、本日はお時間をいただきましてありがとうございました。もし機会があれば、また───」
そう言いかけた時、ふと西条院のスマホが震えた。
「……申し訳ございません、失礼します」
「どうぞどうぞ」
そして、着信だったのか。わざわざ断りを入れて、西条院は小声で話し始める。
「(もしもし……なるほど、そういう話であればお大事になさってください。こちらは大丈夫ですので)」
さて、俺もそろそろ帰ろう。
親の帰りが今日も遅いから、夕飯の準備をしなくちゃいけないし。
「(本当に大丈夫ですからっ! いや、確かにまだ全然料理はできないですけど……スーパーかコンビニに寄れば、弁当を───えっ、ダメ!? 今日ぐらい、お父様も許してくれるはずですよ!?)」
そんなことを思っていると、徐々に西条院の様子がおかしくなる。
何かトラブルでも発生したのだろうか? 何もなければいいのだが……ちょっと心配になってくる。
「(わ、分かりました……ご両親が倒れられたというのに来てもらうのは私の気が引けますので、あなたの条件を呑むことにします……はい、勝手にお弁当は買いませんから)」
そして、ようやく通話が終わったのか。
西条院はスマホを耳から離して、小さくため息をついた。
「……大丈夫か?」
「申し訳ございません……ご心配、おかけしましたね」
大丈夫ですから、と。西条院は先程まで見せていた笑みを見せる。
気を遣わせたくないのだろう。
だが、先程までの様子を見ていると───
「……なぁ、困ったことがあれば手伝うぞ?」
「えっ?」
「いや、仕事の話とかになってきたら難しいが、俺にできることなら手を貸すよ───一応、先んじて言っておくが、下心も対価も一切なしで」
だったら、何故? と、何も求めない俺に西条院が尋ねてくる。
それに対して、俺は───
「困ってるって分かってる人を放置できるほど人見知りじゃないからなぁ……それに、これも何かの縁ってことで面白いしな」
西条院が一瞬、どこか驚いたような表情を見せた。
───しかし、それもすぐに終わり。
一度可愛らしい咳払いをして、
「ごほんっ! あ、あの……佐久間さん」
そして、西条院は恐る恐る口にして───
「お料理、お願いできませんか……?」
「……なんだって?」
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