体育祭準備

 体育祭の準備が始まれば、いよいよという感じがしてくる。

 広いグラウンドにはジャージ姿の生徒がいそいそとパイプやら道具やらを運び、組み立てている姿が映っていた。

 体育祭を週末に控えた今日、放課後には楽しいイベントの予兆が窺えている───


「……むぅ、なんで私まで」


 俺の横では、可愛らしく頬を膨らませながらテントの布を解いている東堂の姿が。

 どうやら、この前ちょうどクランクアップしたらしく、しばらくは撮影のスケジュールはないそうだ。

 そのため、ここ最近は学校に来れているのだが……どうにも久しぶりに来られて嬉しそうな姿ではない。


「出席日数の足りない弊害だな」


 テントのパイプを組み立てながら、ふくれっ面な東堂を励ます。

 悲しいことに、東堂は芸能活動のせいで出席日数が足りない。

 本来は体育祭の準備も実行委員、生徒会、運動部が行ってくれるものなのだが、東堂は出席日数を補填するために強制的に参加となってしまった。

 確かに、好きで学校に通っていないわけではない東堂には少し同情してしまう。


「まぁ、俺達も手伝ってるんだから、文句言わないで頑張ろうぜ。話し相手がいれば、面倒臭いことも幾分か楽しいだろ」

「……それを言われたら何も言えない」


 解き終わった東堂は、徐に立ち上がる。

 そして、どうしてか後ろから俺の腰に手を回してきて、


「……なにしてんっすか?」

「……キュン、ってなったからご褒美?」

「そういうのは気軽に公衆の面前ではしないでくれ、芸能人……」


 ふくよかすぎる柔らかい感触に心臓の鼓動が早くなるものの、どうにか平静を装う。

 すると、満足したのか……東堂はすぐに離れてくれ、からかうような笑みを向けてきた。


「……ふふっ、元気チャージ」

「どこの何が元気になったのか気になるところだけどな……」

「……佐久間がドキドキしてくれたこと」

「お、男なら当然の現象はんのう、とだけ言っておく」


 とりあえず、激しく高鳴る鼓動を無視して引き続きテントを組み立てていく。

 その時———


「順調ですか、お二人共?」


 背後からどこか凛とした、淑やかな声が聞こえてきた。

 パイプの接続部分を繋ぎながらゆっくりと振り返ると、そこにはバインダーを片手に笑みを浮かべる西条院の姿があった。


「……出たな、悪魔」

「悪魔とはなんですか、仕事ぶっこみますよ?」

「……ぬぐっ、クランクアップしたばかりの若人に向けての発言とは思えない鬼畜っぷり」


 なんか、クライアントというよりかはマネージャーという印象を覚えてしまった。それか、お姉さん。


「そもそも、東堂さんは少しぐらいは私に感謝してください。出席日数の一部をこうして放課後のボランティアで埋めてほしいと先生に掛け合ったのは、私ですよ?」

「……その説は感謝してます」

「まったく……あとでケーキでも買ってあげますから、頑張ってください」

「……わーい」


 やっぱりお姉さんだな、と思った。


「それで、進捗の方はいかがですか? 一応、報告をしなければいけないので窺えれ、ば……」


 そう言って、西条院は背後のテントだけではなく、横に繋がるテントへ視線を移す。

 すると、どうしてか―――


「……多くないですか?」

「そうか? まだ十張りしかしてないぞ?」


 あと、二十ぐらいは必要だと他の実行委員に聞いたんだが、このペースだと夕暮れになってしまう恐れがある。東堂も手伝ってくれているというのに、なんと不甲斐ない。


「お願いした数は二張りだったと思うのですが……しかも、様子を見る限りお一人で張られていますよね?」

「まぁ、そうだな」


 人手があった方がもっと早く張れたかもしれないが、流石に一人だとどうしてもペースが落ちてしまう。

 柱を一つずつ立て、テントが崩れないように真ん中から持ち上げ……可能な限り、持ち上げる際は横の支柱も一緒に上がるよう持ち上げて。

 正直、筋力的にもこのペースで張れるのは、あと一つ二つが限界だろう。


「(……佐久間さんは本当になんでもできますよね)」

「(……佐久間のそういうところ、好き)」

「(私だって好きですが?)」


 何やら、二人がヒソヒソと話している。

 せっかく三人一緒にいるのだから、是非とも会話に交ざらせてほしいものだ。


「そういえば、ご一緒にいた綾瀬さんはどこに行かれたのですか?」

「人気者だからなぁ……あっちに持っていかれた」


 俺が分かりやすく指を差した先。

 そこには小道具を運ぶ集団と、その中心で皆から声を掛けられている綾瀬の姿があった。

 流石はカーストトップの女の子、どこにいたって人が集まってくるなんて恐ろしいものだ。


「っていうか、あの姿を見ると交友関係格差を見せつけられているような気がするな」

「……新手のマウント」

「あはは……多分、私も二人に同意したら怒られますよね?」

「「それはそう」」


 綾瀬に次ぐほどの人望も交友関係も持っている西条院が頷けば、間違いなくこちらサイドからバッシングが飛んでいただろう。もちろん、全力でブーイングをかましてみせる。


(でも、そんな人気者あやせが俺を……)


 綾瀬のことを見ていると、ふと昨日のことを思い出してしまう。

 明確な言質こそもらっていないものの……その、どうしてか顔に熱が上る。


「……むむっ、先を越された」

「あなたは何を仰ってるんです?」


 突然、頬を膨らませる東堂に西条院が首を傾げる。

 誰と競争しているのだろうか? 俺も不思議に思った。


「まぁ、いいです……そろそろ私も戻りますね」

「おう、頑張ってな」

「……微力ながら応援する」


 西条院も生徒会としての仕事がある。

 そのため、俺達に背中を向けた―――のだが、何かを思い出したかのように俺へと近づいて、


「(今日は東堂さんのためにお手伝いありがとうございます。このお礼は、またどこかでさせていただきますね♪)」

「ッ!?」


 それだけをそっと囁き、今度こそ背中を向けて歩き出しいった。

 美少女の声と息が耳へとかかったことで、思わず手を当てて顔を真っ赤にしてしまう。

 すると―――


「……佐久間は美少女からだとすぐにそんな反応になるから困る」

「仕方なくね!?」


 東堂が、どうしてか俺にジト目を向けてきた。


「……節操なし」


 正直、男だったら誰でもそうなると思うの。

 うん、だから俺だけがこんな反応になるわけではないのだ……って言いたいけど、東堂のジト目が鋭すぎて何も言えなかった。

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