応援してくれる人

(※柊夜視点)


 昔から、自分は凄い人間なんだと思っていました。

 皆とは違って裕福な家で、いつも成績は優秀、お父様は皆から尊敬される立派な人。

 私を産んでくれた際にお母様は亡くなり、物心つく頃から育ててくれたお父様の背中ばかりを見ていました。


 ───だからこそ、私もお父様のように。


 そう一度だけ、お父様に向かって言ったことがあります。

 その頃から優しく甘やかしてくれていたお父様は姿を隠し、習い事から栄養管理、ハードな目標といったものを与え、厳しいお父様に変わっていきました。

 ……まぁ、私が言い出したことなので今でも不満はありません。

 ただ、あの頃は……小学三年生ぐらいの頃までは「期待に応えなければ」と、切羽詰まっていたと思います。


「ね、ねぇ……ひーちゃん、大丈夫?」

「前から言ってるけど、無理なら食べなくてもいいんだよ……?」


 ───小学三年生に一度だけ行われる姉妹校交流会。

 初めて出会った他校の人達と一緒に給食を食べることになったのですが……そこで、運悪く私の苦手なチーズが出てきました。


「わ、私は……食べられ、ます……!」


 もしも大人になったら、会食などで他の人とご飯を食べる機会があるかもしれない。

 ならば、アレルギー以外は食べられるようにしないと。

 そう思いながら、今までずっと苦手な食べ物が出てきても……たとえ泣いてしまったとしても、食べるようにしていました。


 ただ、その姿がおかしかったのか。

 他校の生徒はどこか気味悪そうにこちらを見つめてきます。

 私の容姿を見て話しかけてきた男の子達も、露骨に距離を取ろうとしていました。

 確かに、子供は子供。本来であれば年相応に「苦手だから食べたくない」と言えば何も思われなかったのかもしれません。


 ───ですが、私は皆と違います、と。

 お父様のような人間になるのだと、気味悪がられようとも食べ続けました。


 しかし、その時───


「ねぇねぇ、なんでそんなに頑張って食べるの?」


 ───一人の男の子が、わざわざ隣に座ってきて尋ねてきたのです。


「ねぇ、いっくん……やめときなよ」


 クラスメイトから、その子は離れるように遠回しに言われます。ですが、「いっくん」と呼ばれる彼は、きょとんとした顔で口にしたのです。


「え、なんで? だけでしょ? 普通に偉いじゃん」

「ッ!?」


 ……恐らく、この場にいた人誰もが気づかなかったでしょう。

 泣いていたから、きっと苦手な食べ物のせいで涙が出ているんだな、と。

 しかし、その涙の中に『嬉し涙』が混ざっていたなど、知りもしません。

 何せ、この一言がどれだけ嬉しかったことか。

 同級生の誰もが認めてくれない中、この人だけがすぐに認めてくれて───


「それでさ! どうして君はそんな頑張って食べるの? チーズ、苦手なんでしょ!?」

「……立派な、大人になりたいんです」

「ほぅ!」

「だから、私は苦手なものなくしたいんです……!」


 ただ、その時の私は妙に意地っ張りで。

 嬉しいと思いながらも、皆とは違うという理由だけで彼に少し冷たい態度を取ってしまいました。

 けれども、彼はただただ瞳を輝かせるだけで、


「すげぇ……! なんかかっこいいね!」


 食べなくてもいいよ、とは言いませんでした。

 それどころか、私が食べ終えるまでずっと横で私の涙を拭ってくれました。



 ♦️♦️♦️



 ───姉妹校交流会は、できるだけ多くの人と接することができるように交流するクラスが入れ替わります。

 ですので、いっくんと呼ばれる子とお話できたのは、その時が最後でした。

 そしていよいよ交流会も終わり、それぞれ学校から帰ろうとした時───


「あっ、いたいた! おーい、ひーちゃん!」


 校門を出ようとした直前、ふと呼び止められます。

 振り返ると、そこには彼が急いでこちらに駆け寄ってくる姿が視界に映り、


「ひーちゃん?」

「あれ、ダメだった? 皆がそう言ってたから、呼んだんだけど……」

「別に、構いませんが……」


 そう言えば名乗ってなかったなと、ふと思いました。

 しかし、名乗ろうとした直後。その子の指が妙に絆創膏だらけなことに気づきます。


「……その手、どうしたんですか?」

「ん、これ? ひーちゃんは気にしなくていいよ! それよりさ、これから時間ある!?」

「まぁ、あるにはありますが……」


 帰って勉強をしようとしていたぐらいで、予定という予定はありません。

 とはいえ、他の男の子にも遊ぼうと誘われてはいましたが、すべて断っていました。

 ですが、この人の誘いだけはどうしてか断れず───


「それじゃあさ、ちょっと着いてきてよ!」

「えっ、ちょっと……!」

「あ、ちなみにこれからのことは内緒ね? 勝手に使っちゃってるからさ」


 私はその子に手を引かれ、何も聞かされることなく再び学校へ向かって走り出しました。

 校舎に入り、上機嫌な彼に連れられるままやって来たのは───家庭科室。

 そこには誰もおらず、代わりにあったのは調理後の洗われていない食器や調理器具、そしてテーブルに綺麗に並べられてある丸いお菓子のような球状の料理。


「ささっ、座って! 僕の自信作……もちもちの里芋チーズボールだよ!」


 チーズ、という単語に思わず背筋が伸びてしまいます。

 頑張って完食はできても、苦手なものは苦手です。

 だからこそ、「どうして?」という疑問がより一層強くなり、思わず尋ねてしまいました。


「あの、これは……?」

「ひーちゃんがチーズ苦手って話だからさ、頑張って作ったんだ」


 彼は私に向かって笑顔を浮かべ、


「君が頑張ってかっこいい大人になろうとしてるのは知ってるからさ、僕も何か手伝えないかなーって。ほら、「美味しい!」ってなれば、苦手意識も少しは薄れるでしょ?」


 手伝いたい? 赤の他人相手に?

 ……よく分かりません。けれど、分かったことが一つだけあって───


「……まさか、その手の傷は」

「あ、あはははは……お恥ずかしい話、意気込んだはいいものの料理するなんて初めてだったからさ、結構失敗しちゃって」

「だったら、わざわざ料理などしなくても……」

「ううん、それは嫌だったかな? だって、もう君とは会えないかもしれないし、絶対に今日間に合わせたかったんだもん」


 あぁ、なるほど……この人は馬鹿だ。

 賢い、とは正反対な短絡思考の馬鹿。

 でも、賢い人よりもずっと「優しい」という温かさを持っている人。

 誰もが認めてくれなかった私を、認めて応援してくれる人。


(……馬鹿な人って、分かっていますのに)


 ───目頭が、急に熱くなってしまいます。

 ですが、泣くわけにはいかないと。

 最後に、私は彼に向かって言い放ちました。


「どうして、私のためにそこまで……」


 すると───


「そういう人を応援したくなっちゃったから! あとは、でしょ?」


 彼は取り繕うことなく、そう口にしたのでした。


「〜〜〜〜〜ッ」


 何も、思わないわけがありませんでした。

 自分を追い込んでいたからこそ心が疲弊し切っていて、そこに温かさをくれて、それが嬉しくて。

 堪えていたはずの瞳から、ボロボロと涙が零れてきました。


「いただき、ます」


 一口、彼の作ってくれた料理を頬張ります。

 苦い……けど、里芋の甘さと程よい塩加減がチーズの嫌悪感を薄れさせてくれている。

 それが───


「美味し、い……です……っ!」

「そっか、よかったよ」


 優しく、食べる私を見て微笑む彼。

 その表情を見て、涙を零しながらも……自然と、胸が高鳴っていました。



 ───彼に抱いた感情が『恋』だと自覚するのに、然程時間はかかりませんでした。

 ただ、他人から向けられたことはあっても自分が抱いたことなどなく。

 けれども、不快感なんてものはありません。

 初めて出会って、大した会話もしていないのに。

 ただただ、彼から向けられた温かい優しさに、私は人生で初めての恋をしたのです───





(まぁ、あれから結局会うことはありませんでしたが)


 その時、初めての感情に戸惑ってしまい結局彼の名前も聞くこともできず、そのまま別れてしまいました。

 姉妹校交流会も、三学年限定のイベント。

 時折勇気を振り絞って会いに足を運びましたが、運が悪かったのか……会うことはありませんでした。

 しかし───


「ん? どうした、西条院? 俺の顔をばっかり見て……」


 料理を作り終えた彼が、可愛らしく首を傾げます。


「ふふっ、美味しそうだなーっと」

「おい待て、人の顔を見て言う発言にしては不適切だろ!?」


 ……何度、彼に会いたいと思ったことか。

 今まで何人もの男性と出会って、会話を交わしてきましたが、どうしても頭の中に彼の姿があって。

 これから私がどれだけ人とは違う方向へと頑張っても、きっと彼なら応援してくれる。

 そう思うと不思議と無駄に肩ひじ張らず、気負わないようになりました。


 こんな自分になれたのは、彼のおかげ。

 もう顔も朧気にしか覚えていないとしても、未だに彼のことを思うと胸が高鳴ってしまう……まだ、私は彼に想いを寄せているのだと、確信を持って口にできます。


 ───もし、また再び会えるのであれば。


『これも何かの縁ってことで面白いでしょ?』


 一度目は『縁』。

 だとしたら───


「二度目は『運命』、ですかね♪」

「……はい?」


 さて、これからどうしましょうか。

 なんてことを思いながら、激しく高鳴る鼓動を隠すように私は笑みを浮かべるのでした。

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