振る舞いが終わって
「今日は本当にありがとうございました。とても美味しかったです」
食事も済ませ、日が暮れ始めた頃。
そろそろお開きするにはちょうどいい頃合になったので、俺は長居せず帰宅することにした。
「いいよ、別に。逆に粗末な料理だって怒られそうで申し訳なく思ってる」
「ふふっ、ご安心ください」
玄関先で西条院が上品に笑う。
「調理過程、完成後の料理、エプロン姿の佐久間さんを撮影して送ったところ、家政婦さんも問題ないと仰っていただけました」
「あれ、サラッと盗撮されなかったか?」
最後の一つは、栄養管理をする上でまったく必要ないはずなのに。
「手際のよさとレシピを見て、私の家政婦さんがどんな人か気になってしまったらしく……お詫びといってはなんですが、代わりに私の姿を撮っていただいても「パシャ」……早すぎませんか?」
とても嬉しい。
「……佐久間さんは、私の容姿が好きなのですか?」
「うん、凄い好き。美しいは平等に好き」
「そういえば、美形がお好きと仰ってましたね」
潤ったフォルダを見てご満悦な表情を浮かべていると、ふと西条院がスマホを覗き込んでくる。
恐らく、どんな写真を撮ってきたのか気になっているのだろう。
(フッ……ならば見せてやろうじゃないか、俺のコレクションを!)
俺は女性だけが好きなわけじゃない。
男も含めて、美形が好きなのだ。
そのため、俺のフォルダには女性が好きそうな美男子もしっかりと保存されている。
だから、きっと西条院も満足してくれるはずだ。
「ほら、アイドルや俳優とかもいっぱいあるぞ───」
「むすぅー」
ご不満らしい。
「……綾瀬さんの写真が多いですね」
お嬢様は滅多に見せないであろう膨らんだ頬をしながら、画面をスクロールする。
「ま、まぁ……そりゃ、綾瀬は普通に撮らせてくれるし、なんだかんだ結構一緒にいるし」
「東堂さんの写真もあります」
「こ、この前遊んだからな……」
「ワタシノシャシンハイチマイダケデスヨ?」
なんだろう、どんどん圧が。
「……佐久間さん」
「な、なんでしょう……?」
「私のこと、いつでも好きな時に撮っていただいても構いません」
「なん、だと……ッ!?」
圧に怯えていたのに一転、まさかそのようなご褒美がもらえるとは。
西条院は誰がなんと言おうとも美少女だ。正直、テレビに映っているアイドルやモデルよりも綺麗だと思う。
そんな女の子の姿を、いつでも撮っていい? フッ……なるほど、これが飴と鞭、か。
「その代わりといってはなんですが───」
西条院は急に、自分のスマホを取り出して徐に俺に体を寄せてくる。
そして、次にスマホを掲げてシャッター音を鳴らしたのであった。
「これから、どんどん私の写真を増やしてください───そして、この縁……今度は切らないでくださいね♪」
嬉しそうに、愛おしそうに、口元にスマホを当てて笑う西条院。
その姿に、俺は思わずドキッとしてしまった。
「というわけですので、連絡先を交換しましょう」
「ま、まぁ……それは構わないが」
バクバクと、激しく高鳴る心臓を誤魔化しながら、スマホを見せてQRコードを差し出す。
するとまたしても、西条院は表示された俺のアイコンを見て嬉しそうに口元を綻ばせた。
その姿はまるで、恋する乙女のような───
(……って、それは流石に自惚れか)
今日初めてまともに会話した相手。
確かに料理を振る舞いはしたが、それでも彼女は学校でも人気な高嶺の花だ。
どれだけ好感度を稼いだとしても、きっと振り向いてはくれないだろう。
(っていうか、好きな人いるって話だし)
まぁ、最近はその初恋に偶然合致する事態が度々起こってはいるが……流石に、西条院までもってことはないはずだ。
「……あら」
そんなことを思っていると、ふと西条院のスマホが震えた。
そして、そのまま耳にスマホを当てると───
『……西条院』
「どうかなされましたか、東堂さん」
『……今日そっちに泊めて。撮影、遅くなって帰るの面倒』
「それは別に構いませんよ? 確か、本日はうちの案件でしたよね?」
『……うん、だから対価を要求する』
「ふふっ、対価ならすでにお支払いしているはずですが……承知しました」
話し相手はどうやら東堂らしい。
上手く向こうの会話は聞き取れないが、名前が挙がったからそうなんだろう。
「……ただ、一応一つだけ」
すると、西条院は唐突に口元を緩め───
「夕食はちょうど佐久間さんに作っていただいたため、ご馳走することはできませんので、ご了承ください♪」
……何故か、俺の名前を出し始めた。
『……なんで、佐久間がそっちいるの?』
「ふふっ、色々あったんですよ。まぁ、もう帰られてしまうみたいですが」
『……今日は色々聞きたいことがある。絶対に寝かせない』
はて、どうして俺の名前が挙がったのだろうか?
まぁ、東堂とは最近話すようになって互いの知り合いではあるんだが……妙に含みのある言い方だったしなぁ。
「改めて、今日は本当にありがとうございました」
スマホをポケットにしまい、西条院が頭を下げる。
「このお礼は、どこかで必ず」
「前も言ったが、別にお礼がほしくてしたんじゃないぞ?」
「ふふっ、そうですよね……佐久間さんは、そういう人ですものね」
西条院は笑みを浮かべると、俺にカバンを手渡して背中を押してくる。
そして───
「一度目は縁、二度目は運命……私、もう切るつもりはありませんから♪」
最後に、そう言い残したのであった。
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