形見と初恋相手

(※来夏視点)


 お母さんが死んじゃった。

 ずっと私と一緒にいてくれて、ずっと私に笑いかけてくれて、ダメな時はちゃんと怒ってくれたお母さんが、事故で亡くなっちゃった。


 ―――それは、私が来年中学生になる頃の話。


「……役者、やりたいなんて言わなきゃよかった」


 なんてことを、一人家から離れた公園のブランコに揺られながら、私は思った。

 もしも、役者なんて目指していなかったら、もっとお母さんと一緒にいられた時間も多かったかもしれない。

 事故に遭うなんて、誰にだって予想なんてつかないからこそ、今までをもっと楽しんでおけば。

 稽古に収録、学校……ここ最近は、家に帰るのが遅くなってばかり。

 お母さんも仕事があるし、一週間でお母さんとちゃんと一緒にいられる日なんて本当に少なかった。

 でも、日曜日の朝だけは―――


『ねぇねぇ、来夏ちゃん! 勝ったわよ! やっぱり、悪は滅びるものね!』


 その時放送していた、日曜日朝のアニメ。

 演劇部に所属する女の子が悪い組織に立ち向かって、人を救っていく『演劇☆少女』というアニメだ。

 私が役者ということもあって、お母さんは私以上に楽しんでいたのを覚えている。

 ……私はそこまでハマらなかったけど、お母さんは毎週私を誘ってテレビを点けていた。

 そして、お買い物に行く時にそのアニメのグッズがあったら一緒に寄り道までして、


『来夏ちゃん、お揃いで一緒に買わない? お母さん、なかなかお仕事とかで来夏ちゃんと一緒にいられないから、お揃いがほしいなぁー……なんて』

『……いいけど』

『ほんと!? じゃあ、お母さんが赤で、来夏ちゃんが黄色ね!』


 この時は「仕方ないな」って。

 でも、今はあの時に買ったキーホルダーが形見になっちゃうなんて思いもしなかった。


「……帰ろ」


 一人でいると、どうしても心が沈んでしまう。

 ある程度割り切れたつもりだったけど、暇があればお母さんのことを思い出す。

 悪いことじゃないと思う。でも、早く気持ちを切り替えないとお父さんを悲しませるし、お仕事にも行けな―――


「……あ、あれ?」


 帰ろうと立ち上がった時、ふと肩にかけていたカバンにつけていたキーホルダーがなくなっていたのに気が付いた。


「……ど、どこっ!?」


 お母さんとの思い出。形見になってしまったキーホルダー。

 自分の分を含めて二つあったのに、どっちもカバンから消えてしまっている。


「……探さないと」



 ―――それから、公園をくまなく探した。

 他の人が不思議そうにこっちを見ている中、気にせず私は探し続けた。

 途中、「東堂来夏ちゃんだよね!?」って声をかけられたけど、私は無視した。

 だって、今はお母さんの形見の方が大事なんだから。

 ……でも、結局。どれだけ探しても見つからず、


「……ひっぐ、うぅ……!」


 同じところを何度も探してしまうほど諦めきれなかった私は、涙を流しながら……服が汚れても気にせず探し続けた。

 その時だったの―――


「ねぇ、大丈夫?」


 ―――私が、〇〇相手と出会ったのは。


「ハンカチ、使う? いや、お邪魔なのかなーって思ったけど、泣いてたし放っておけなくて」


 その子は、私と同い歳ぐらいの男の子で。

 いつも向けられる「テレビで見るあの子」じゃなくて、ただただ「心配」だからという瞳を向けていた。

 でも、その時の私は「見つからない」という焦燥感に支配されていたから。

 私は差し出されたハンカチを受け取ることなく、そのまま茂みの中に手を突っ込み始めた。


「えーっと……何か探してるの?」

「……あなたには関係ない」

「でも、二人で探した方が―――」

「……早く、見つけたいの……ッ! だって、あれは私のお母さんの形見だから、あっち行って……ッ!」


 我ながら、酷いことを言ってしまったと思う。

 口にしてようやく、心配で声をかけてくれた人に酷いことを言ったと自覚する。

 けど、その子は。

 苛立つ様子もなく、私の横に座り始めて茂みに手を伸ばした。


「い、いやいやいやっ! それなら余計に放っておけないよ!?」

「……えっ?」

「お母さんとの大事な思い出なんでしょ!? だったら、二人で探した方が早いよ絶対に!」


 私は思わず呆けてしまった。

 冷たくしてしまったのに、どうして一緒に探してくれるのか?


「……なん、で?」


 でも、その男の子は―――


「そりゃ、初めましてでちょっと冷たいこと言われて「むかっ」ってなったけどさ……泣いちゃうほど大事なものをなくした女の子がいるってなったら、一緒に探そうってなるに決まってるじゃん!?」


 取り繕うことなく、すぐにそう言い切ったのだ。

 クラスの男の子とは、どこか違うような気がした。

 顔が可愛いからとか、ぶっきらぼうで面白くないとか、色々言ってくるんだけど……この人は、その色々のを言う男の子の中でも皆と違う気がする。


「……あり、がと」


 ―――よく分からない。

 でも、私はそれよりも先に見つけなきゃいけないものがあって。

 初めて知り合った男の子と一緒に、私は必死に公園の中を探し始めた。



 ♦♦♦



 ―――結局、夜空が広がる時間になっても見つからなかった。

 交番に行っても、今日歩いた道を辿っても、結局どこにもなくて。


「……もう、いいよ。そろそろ帰ろ?」


 橋の上を歩く私の中で、諦めと悲しみが広がっていた。

 これだけ探しても見つからない。もう暗くなってきたし、小さなキーホルダーを見つけるのは難しい。

 だから、もう無理だ。

 けど、男の子は暗くなって街灯しか照らしていない橋の上を懸命に探していて、


「……帰らないと、怒られちゃう」

「分かった! じゃあ、僕はこのまま探しておくから、君は帰っていいよ!」

「……なんで、そうなるの?」

「え、でも君が怒られちゃうんでしょ?」

「……私は、あなたの心配をしてる」


 確かに、私も怒られる。

 でも、きっと彼もこのままだと怒られるだろう。それぐらいの時間になってしまっているのは、スマホを見ればよく分かる。


「僕はいいよー、どうせもう怒られるの確定だし。あ、けど女の子がこんな時間に出歩くのはマズいよね……うん、家まで送るよ! また戻ってくればいいし!」

「……どう、して」

「ん?」

「……どうして、そこまでしてくれるの?」


 私がそう尋ねると、その子は橋の柵に手をかけて流れる川を見始めた。


「当たり前のことをしてるだけだよ。女の子が泣いているなら、男の子は泣かせないように頑張る。知り合いでも初めましてでも関係なく、男の子ならそうしなきゃいけないってただ僕が思ってるだけ……まぁ、要するに僕の我儘ってだけなんだよね」

「…………」

「君が笑ってくれるなら、僕が帰って怒られるぐらいなんてどうってことも―――」


 そう言いかけた時だった。

 その子はいきなり食い気味に川に向かって目を見開くと、すぐさま勢いよく走り出した。


「見つけたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」

「……え、えっ?」


 いきなり走り出したこと、叫び出したことに戸惑ってしまうものの、私も置いていかれないように後ろを追いかけた。

 橋から河川敷まで向かい、そのまま男の子は躊躇することなく街灯に照らされている川へ足を踏み入れ、そして───


「見つけた! ありがとう僕の視力! 今日ほど「目がいいねかっこいいね!」って褒められたことを誇りに思ったことはないッ!」


 ───見慣れた、を拾い上げた。


「…………ぁ」


 もしかしたら、違う市販のやつかもしれない。

 けど、ずっと持っていたからなんとなく傷のつき具合いとかで分かる……あれは、だ。

 嬉しさが一気に胸に込み上げてくる。

 けれど、それよりも……どうしてか───


「やった……これで……!」


 彼も、喜んでいた。

 私のことのはずなのに、拳を握ってまで嬉しそうに笑みを浮かべている。

 目が離せない。

 私のために笑って喜んでくれている彼の笑みを見ると、しまう。

 けど、まったく不快には思えなくて。

 酔いしれたいと思えるほど、ずっと眺めていたくなる。


「誰かが川に投げちゃったのかな? 岩に引っかかってなかったら流されちゃってた……って、あれ? 一個だけ?」


 男の子は慌てて周囲を見渡したものの、やがてガックリと肩を落として私のところへと向かってきた。


「……ごめん、一個しか見つからなかった」


 二個あると言ったからか、男の子は申し訳なさそうな顔をする。

 だけど、私にとっては


「……これが、いい」

「え、でも───」

「……これさえあれば、いいの」


 私のはいいの。

 お母さんの形見さえあれば、私はこれからも忘れないでいられるだろうから。


 安堵からか、ボロボロと私の瞳から涙が零れ始める。

 すると、彼の手がゆっくりと私の頬にまで伸びて───


「よかったよ、本当に」


 柔らかい笑みを浮かべ、私の涙をそっと拭ってくれた。


「〜〜〜〜〜ッ!?」


 その瞬間、否が応でも理解させられた。

 彼の顔から目が離せなくなった理由を。


 多分、これはきっと───


「あ、ごめん! ちょっと電話って……げっ」


 彼はポケットに入っているスマホの画面を見て、いきなり怯え始めた。

 そして、恐る恐る震えるスマホを耳に当てる。


「あ、ごきげんよう母さん本日はお日柄も大変よろし『〇すぞ?』今から駆け足で帰らせていただきますッッッ!!!」


 その子は敬礼して、慌てて懐から一つの防犯ブザーを取り出し、キーホルダーと一緒に手渡してきた。


「僕の命が一気に危ぶまれたからお見送りできないけど何かあったら遠慮なく引っ張って適当なお家とかに駆け込むんだよ!?」

「……あ、あのっ」

「それじゃ! 見つけられてよかったね!」


 そう言って、慌てて彼は駆け出す。

 名前も教えてくれず、お礼も言わせてももらえず、私が抱いてしまったこの感情すらも無視して───


「……ばーか」


 せめて、名前ぐらい教えてくれればよかったのに。


 だって、あなたは私の───初恋相手、なんだから。

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