魅力的な女の子
―――という感じで、今に至る。
(い、いやいやいやっ! 待って、冷静に遡ってもおかしいくね!? 何了承してるんだよ俺も!?)
あそこで「一緒に入ろうよ」って言われたとしても「無理に決まってるだろ」って言えばこんな状況にはならなかった。
まさか、俺は欲望に逆らえなかったのだろうか? 綾瀬という女の子と一緒に入りたいという心にひっそりと隠していた欲望が表に出てきた……そうなのか!? 俺は、そんな節操なしに落ちぶれてしまったというのか……ッ!
(も、もう少し思い出してみよう)
綾瀬から提案をもらった時のやり取りを―――
『は、はぁ!? 何言ってんだよ!? 一緒に入るなんてできるわけないだろうが!』
『あれ、いっくん』
『な、なんだよ……』
『もしかして、ビビってる?』
『ビビってないが!? 俺は単に、それはやりすぎだって―――』
『まぁ、しょうがないよねー! いっくんってば、童貞さんだし緊張しちゃってきょどっちゃう姿なんて見られたくないよねーぷーくすくす』
『やってやろうじゃねぇかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!』
……単に煽られただけだった。
「……なぁ、俺ってもしかして結構チョロい?」
「近年稀に見るぐらいのチョロ枠だと思ってる」
なんだろう、絶対に男が心の中でひっそりと喜ぶはずのシチュエーションなのに涙が出てくる。
「こんなこと、学校の皆に話したらえらいことになるぞ……」
「あはははは……実は私も、結構「やらかした?」って思っちゃってたりしなかったり」
「……でしょーね」
何もしていないのに、浴槽の水面に波紋が浮かぶ。
どちらかの心臓が激しいのか、はたまた二人共激しいのか。
正直、今どっちが緊張しているのかなど冗談でも言えない。何せ、指摘してからかったとしても、結局自分にブーメランなのだから。
「ね、ねぇ……いっくん! 何か面白い話をしてよ! このままじゃ恥ずか死しちゃう恐れが浮上してしまうと言いますか!」
「なら早く上がればよくね!? いいよ、もう体も洗ったし! っていうか、なんで互いに体も洗ったのに同じ浴槽に浸かったの馬鹿じゃねぇの!?」
「せっかくここまで勇気を振り絞ったのに、何も進展がないのは悔しいがすぎるじゃん……ッ!」
お前は何と戦ってるんだ!? こっちは理性との戦いに苦戦しているというのに!
「わ、私だって本気なんだよぅ……」
綾瀬が胸元を手で隠しながら上目遣いで見つめてくる。
赤らんだ頬と相重なり、思わず視線を逸らしてしまうほど刺激が強かった。
「なんなら、今の姿をいっくんに撮らせてあげてもいいぐらいには本気でして……ッ!」
「血迷うな! 流石の俺も激しい抵抗を覚える!」
「いっくん、そんなに私の裸って魅力ないの……?」
「ないとお思いで!?」
「だったらなんで撮らないの!?」
「逆に何故頑なに撮らせようとする!?」
「……私、胸大きくないもんね。いっくんのお眼鏡に敵うほどの魅力、ないもんね」
この子は何を言っているのだろうか!?
きめ細かな白い肌、しっかりと手入れされていて艶のある金の長髪、化粧をしていなくとも滲み出る顔のよさ、水面から覗けるほどよく育った胸部や、同性でも羨んでしまいそうなほどはっきりしているクビレ。
魅力があるに決まっているだろう!? ただ、その写真が俺のフォルダ内に収納されていればどの角度から見ても問題しか出てこないわけで……ッ!
「綾瀬、正直に言う」
「ふぇっ?」
「綾瀬の体は魅力的だ」
「……ふぇっ!?」
「正直、いつ俺の理性さんがマウントを取られて下心くんが勝ち星をあげるか分からない」
綾瀬の顔が、先程以上に真っ赤に染まる。
そんな綾瀬に、俺は―――
「でも、あんまり自分を安売りしないでくれ……普段の綾瀬でも、本当に魅力的だから」
何を頑張っているのかは分からないが、ここまで体を張る必要はない。
安易に乗ってしまった俺に原因があるが、綾瀬は何もしなくても魅力的な女の子だ。
「……………」
綾瀬が顔を真っ赤にしたまま俯いてしまう。
ちょっと言い過ぎたか? なんて、そんなことを思いながら俺は淵に置いてあるタオルを手に取って湯船から出た。
そして、そのまま浴室から―――
「わ、私……安売りしてるつもりは、ないよ」
―――出ようとした俺の手を、綾瀬が握ってきた。
「あ、綾瀬……?」
「でも、相手が高額だからこっちも頑張らなきゃって思っただけだもん」
早く出ないと、いつ東堂がやって来るか分からない。
そう口にしようとした時、それよりも先に綾瀬が口を開いた。
「私って本当にいっくんから見て魅力的……?」
後ろを振り向くつもりはない。
今、綾瀬がどんな表情をしているのか分からない。
ただ、口にする答えだけは初めて出会った時から変わらなかった。
「魅力的、にしか見えないよ」
すると、唐突に。
背中から少し衝撃が加わり、思わず尻もちをついてしまう。
「いつつ……」
「ごめんね、いっくん」
腰についたタオルが取れていないか確認するついでに、少し痛みの走った尻をさする。
そして、どうしてか。
いつの間にかバスタオルを巻いて浴槽から出てきた綾瀬が、俺に覆い被さるように顔を覗き込んでいた。
「嬉しくて、つい恥ずかしさどっかに飛んじゃった」
髪から滴る水滴、湯気の立ち篭った浴槽の熱気にあてられて染まる頬。
加えて、嬉しさの入り混ざる蠱惑的で小悪魔的な笑み。
それらが眼前へと迫り―――
「ふふっ、いっくん顔真っ赤……やっぱり、攻略するならこっち方面で攻めないとね♪」
きっと、多分恐らく。
今までの人生で一度も聞いたことがないほどの心臓の音が、耳に届いた。
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