何かがおかしい

 綾瀬に初恋相手だとバレた翌日。

 俺は口にするのも憚られるオススメされたアニメ全120話のうち、35話まで観終わった弊害を抱え、瞼が重たいながらも教室の扉を開けた。


(……あのタイトルで純愛ラブコメとか反則だろ。とりあえずR15表記がある程度にはしっかり絵がグロッキーだったけど、泣いてしまった)


 流石は綾瀬だ。中々誰も観ないであろう作品の中から、面白いものをチョイスしてくる。

 今度、推しのアイドルグループのチケットをお礼としてあげよう。一枚余ってるし。


(……でも、すこぶる眠いんだよなぁ)


 結局、夕飯をご馳走させて、綾瀬を駅まで送って……続きが気になりすぎて、寝たのは深夜三時。

 もう眠たいの一言で、ちょっとした睡魔を誘発させる出来事が起これば、すぐにでも寝てしまいそうであった。

 とはいえ、学校で寝るわけにはいかない。授業についていけなくなったら困るし。


 なんてことを思いながら俺は重たい瞼を携えて自分の席に座った。

 すると───


「いっくん、おはよー!」


 ふにっ、と。がいきなり背中に襲いかかった。


「……胸、当たってんすけど」

「当ててるんっすけど?」

「………………」

「むぅ……反応薄くない? ドキマギしてくれると思ったんだけど……」


 いや、確かにドギマギするのはするんだが───


「眠くて……」

「貴様、まさか一人で続き観やがったな?」


 こんなにも睡魔が強力なものだとは思わなかった。

 普段だったら絶対にしてこない綾瀬のスキンシップを受けても、体が睡魔を優先してしまう。


「うにゃー! 一緒に観よって言ったじゃん! 私、まだいっくんと観たところしか観てないんだからねー!」

「……ごめんなさい」

「謝罪も淡白!?」


 それがムカついたのか、後ろから抱きついたまま綾瀬は俺の頭をワシャワシャしてくる。

 すると───


『お、おい……なんか綾瀬さん、佐久間と距離近くね?』

『いつも仲がいいとは思ってたけど……普段、あそこまでじゃなかったような』

『ま、まさか付き合った……!?』


 教室にいたクラスメイトが、一気にざわつき始める。

 確かに、後ろから抱きついて過剰なスキンシップにスキンシップを重ねている状況を見れば、驚くのも無理はない。

 現に、眠たくてあまり反応こそできていないものの、俺だって驚いている。普段、ここまでのスキンシップなんてなかったのに。


『なんて羨ましい……』


 その中で、男子らしき呟きが耳に届く。

 気持ちは分かる……俺も、多分逆の立場だったら同じことを───


『……〇るか?』

『今まで、友達としてだったから見逃してやったものを……』

『少し離れた山なら、人気ひとけが少ないはずだ』


 ───同じことを思うことはないだろう。

 流石に死体処理まで考えるほど妬むことはないはずだ。


(しかし、どうしてまた急に? まさか……俺のこと、好きになったから……とか?)


 あり得ない話、ではないと思う。

 初恋相手が俺だとバレたから、それで好きになって……という可能性は、今まで散々聞かされていた話と反応を当て嵌めると全然あり得る。

 初めこそ「いや、でも俺とは住む世界が違うような綾瀬だし……」なんて思っていたものの、実際昨日から距離の詰めようが異常だ。


(……一回、聞いてみるか?)


 いや、でも違ったら恥ずかしいし。

 自意識過剰と思われると、それはそれで男のプライド的にかなり傷が入ってしまう。

 それに、これで結果違って自意識過剰ともなれば、俺が恋愛経験皆無な童貞だと露見してしまう恐れが───


「そういえばさ、いっくんって童貞さんで合ってる?」


 恐れどころか、妙に確信を得られていた。


「合ってる?」

「どこだ!? どこで俺は察せられた!?」


 脈絡もなく尋ねられるほど、俺はそんなにもあからさまだったか!? こんな過剰なスキンシップ受けても、動揺する素振りすらなるべく見せないようにしていたというのに……ッ!


「うーん……おかしいなぁ、その反応的に間違いはないと思うんだけど」


 なんて失礼なことを呟きながら、綾瀬はようやく背中から離れてくれる。

 そして、何やらスマホを見ながら考え込み、


「……童貞さんは胸さえ当てておけば大丈夫って書いてあるんだけどなぁ」

「君は一体、なんのサイトを見て何を確認しているんだ!?」


 随分と失礼なサイトがあったものである。


「……私が処女だから問題あるのかな?」

「マジでどうした、綾瀬!?」


 好きになったなってない話関係なく、ただただ綾瀬の豹変っぷりが心配になってしまう。

 やはり、初恋相手が俺だってことを黙っていたから怒っているのだろうか?


「……今のうちに女の子が喜びそうな詫びの品と、紹介できる心療内科でも探しておくか」

「いっくん、ちょー失礼」


 いや、失礼具合いでいったらどっこいどっこいだろう。


「なんか当てになんないね、このサイト」

「いや、だからなんでそのサイトなんかを───」


 そう言いかけた時、徐に綾瀬の手が頭に伸びてきた。

 そして、そのまま……どうしてか、隣に座る自分の太ももへ俺の頭を下ろしてきて、


「あ、綾瀬……?」

「体勢、キツくない?」

「キツくないとかの問題か!?」


 突然のことに、思わず驚いてしまう。

 すると、綾瀬は艶やかな金髪を垂らして、俺の顔を覗いてくる。


「だって、いっくん眠たいんでしょ?  私、なんかの方がしっくりくる。ホームルームまで時間あるし、寝ててもいいよ?」

『『『ッッッ!!!???』』』


 突然の綾瀬の行動に、クラスメイトからの驚いたような声が聞こえてきた。


「寝ててもいいって……ここ、教室なんだが」


 確かに眠たいのは眠たい。

 けど、教室でいきなりこんなことをしていれば、間違いなく注目されてしまう。

 現に、視線を横に向けると先程以上に驚いた顔を見せるクラスメイトの顔が視界に入る。

 それに、眼前には何度見ても慣れない可愛らしくも綺麗な顔が映り───


(……なんか、この構図が昨日から多い)


 頭に伝わる柔らかい感触にドギマギしていると、綾瀬は俺の瞳にそっと手を当てる。


、ばーか。いいから、体勢がキツくなかったらそのまま寝ちゃいなさい」

「……体勢、キツいっす」

「あちゃ」


 ごめんね、と。綾瀬が手を離したタイミングで、俺も上半身を起こす。


(ほんと、マジで心臓が持たねぇ……)


 ようやく解放されたというべきか、名残惜しいというべきか……眠気なんてとっくに醒めてしまい、色んな感情が入り混ざった俺は思わず赤くなった頬を掻いてしまう。


 すると───


「(じゃあ、続きはいっくんのお家遊びに行った時だね)」


 ───耳元でそっと囁かれ、顔へ一気に熱が上ったたのであった。


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