違和感
夕陽が沈み始め、暗くなりかけている頃。
ググっと、対面に座る綾瀬が可愛らしく背伸びをした。
「んんっ~! ちかれた~!」
そのせいで、ほどよく育った胸部がさらに強調され……いけない、先程のお風呂光景が脳裏に。
「あら、そういえばもうこんな時間ですね」
西条院が時計を確認したのと同時に、俺も脳裏に浮かんだものを誤魔化すようにスマホに視線を落とす。
季節が違うから日が暮れるのにはもう少し時間がかかるが、そろそろ帰宅してもいい時間になっていた。
「これからどうする? まだ勉強を続けてもいいが、東堂は―――」
「……私に、これ以上の勉強を要求するの?」
「ここの文法間違ってるからやり直しだな」
「……酷い」
酷いって言われても困るぅ。
「まぁ、時間も時間だし勉強会もここでお開きするか。ちなみに、飯食って帰る人間は挙手」
「「「はいっ!!!」」」
念のため材料を買っておいてよかった。
綾瀬は食べて帰るだろうというのは予想していたが、他の二人は分からなかったからな。
特に西条院は栄養管理面でかなり厳しいって話だったし。
「……西条院、いいの? 作ってもらうとか、異様に私に仕事振りまくるあのお父さん怒られたりしないの?」
「佐久間さんが作ってくれるというのであれば、大丈夫ですよ。家政婦さんの公認ですし♪」
「……いっくん、いつの間に人のお家の公認を受けたの?」
「何故ジト目を向ける?」
ただ料理を振舞っただけだというのに。
その話で言うと、綾瀬には何度も振舞ったことがあるんだが。
「……そういうことなら、俺は飯でも作ってくるよ」
そう言って、俺は少し重たい腰を上げる。
すると、綾瀬も追いかけるように腰を上げ―――
「あ、いっくん手伝うよ! 皮剥くぐらいならできるし!」
「いいよ、そんなに難しいのを作るつもりはないし。せっかくなら、客人は客人同士で話しといてくれ」
「お話?」
「あぁ、猥談とか」
「いっくん、今時の女子高生にその話で盛り上がらせてどうするの?」
ちょっと気になる。
「んー、猥談はともかくとして、せっかくならお話もしたいしお任せするー! あ、でも手伝ってほしかったら言ってね♪」
綾瀬と西条院は仲がいいらしい。
とはいえ、クラスが違うのであまり話す機会はなかっただろう。
東堂の時もそうだったし、友達いっぱい作りたい派閥の綾瀬はきっと西条院とも話したいはずだ。
その証拠に、可愛らしいウインクをしてくれた。可愛い。
「では、綾瀬さんの代わりに私がお手伝いします」
「……ダメ」
「何故ですか?」
「……ダメ」
東堂が立ち上がろうとする西条院に向かって、無表情のまま首を横に振る。
その隙に―――
「っていうわけで、適当に寛いでくれ。ちゃっちゃっと作ってくるからさ」
―――最後にそう言い残して、俺はリビングの奥にあるキッチンへと向かったのであった。
「何故ダメなのですか、東堂さん」
「……合金取り出すから、ダメ」
「はい? ですが、レシピに―――」
「……合金は、食べ物じゃない」
危ない……料理に合金が混ざるところだった。
♦♦♦
(※来夏視点)
どんなレシピを参考にしようとしているのか分からない西条院を引き留めている間、佐久間はキッチンへと向かっていった。
合金を入れようとする人はともかく、佐久間の手料理は楽しみ。いっぱい頭使ったし、綾瀬が「美味しい!」っていうから期待感マックス。あと、西条院にも振舞って私だけ振舞ってもらえていないのはちょっとじぇらる。
「んー……せっかくだし、いっくんの好意に甘えるとして。何かして遊ぶ?」
綾瀬が慣れたように、テレビ台の下からゲームやらトランプを取り出す。
……なんかこれも羨ましい。さり気なく「佐久間のお家に何度も行くぐらい仲がいい」って見せつけられたような気がする。
「……このゲームはなんですか?」
「あれ、柊夜ちゃん知らないの? これ、ぬるぬるした女の子が殴殺刺殺焼殺絞殺していくゲームだよ!」
「……なんと仰いましたか?」
毎度思うけど、なんでそんな物騒な内容の作品が世に出回っているのか。
(……あ、そういえば)
私は綾瀬を見て、ふと思い出した。
気になったのか、西条院がマジマジとゲームのパッケージを見始めた隙を狙って、私は綾瀬に近づく。
「……ねぇ、綾瀬」
「ん? どったの、来夏ちゃん?」
自分で言うのもなんだけど、察しはいい方だ。
だから、ふと気になってしまう―――
「……さっきの、私はどうしたらいいの? って、どういうこと?」
「ッ!?」
私がそう口にすると、綾瀬の肩が一瞬跳ねる。
けど、どうにか誤魔化したいのか、慌てて話題を逸らし始めた。
「そ、それよりもなそういえばの柊夜ちゃん!」
「いかがなされましたか、綾瀬さん?」
「も、もしかしてだけどさ―――柊夜ちゃんって、いっくんのこと狙ったりしてる!?」
逸らす話題にしては随分と直球な質問だな、って思った。
「ふふっ、何を言いだすかと思えば……」
西条院はいつものお淑やかな笑みを見せる。
その前置きを聞いて否定してくれたのかと思ったのか、綾瀬はあからさまに胸を撫で下ろした。
でも、申し訳ないけど……西条院は―――
「狙っていない殿方のお家など、そもそも足を運びませんよ♪」
「ふ、ふぅーん……そ、そうなんだ……ッ!」
動揺を隠そうとしているのか、頬を引き攣らせたまま綾瀬は固まってしまった。
……甘いよ綾瀬。
ちょっと意地悪で黒い部分も含めて、西条院は私達の強敵。
この前、西条院の部屋に行って聞かされた時は私も驚いたものだ。
「今ので充分伝わったと思いますので、これで正々堂々勝負ができますね……恨みっこなしですよ、綾瀬さん?」
「の、望むところだよ! 絶対負けてやるもんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
リビングに響くぐらいの声で、綾瀬は西条院からの宣戦布告を受け取る。
……まだ、告白する気もなさそうなのに、そんな声を出して大丈夫なのかな? 佐久間に聞こえちゃいそうだけど。
友達のことが心配になって、カウンターキッチンの奥にいる佐久間へ視線を向ける。
『そんなに気合い入れるほど面白いゲーム、うちにあったか? なんだろうすっごい混ざりたい』
……あの鈍感さんは大丈夫そうだ。
顔を見るに、ただただゲームをするんだって勘違いしてる。
いや、でもそれより。
綾瀬の沈んだ顔をした理由が友達として心配———
(……ううん、やめておこう)
話を逸らしたってことは、聞いてほしくないってことだし。
向こうから話してくれたら、ちゃんと相談に乗ろう。
(……友達、だから)
私はそんなことを思い、二人が言い争っている間にゲームのパッケージを手に取るのであった。
(……へぇ)
……このゲーム、恋愛趣味レーションゲームなんだ。殴殺するのに。
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