綾瀬美柑という女友達

 次回は9時と18時に更新です!( ̄^ ̄ゞ


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 綾瀬美柑という女の子は、誰もが認める人気者だ。


 容姿も端麗で、努力家でもあり、人を惹きつける才能もある。

 クラスの輪の中心にはいつも綾瀬がいて、優しい性格故に誰からも頼られ、嫌な顔一つしない優しい性格の持ち主。

 まぁ、だからこそ彼女は大層おモテになるわけで。

 その告白の回数は、二年生になったばかりの今二桁を越えてしまっている。


 しかし、彼女には恋人はいないという。

 なんでも、子供の頃に助けてもらった初恋相手が今でも好きだかららしく―――


「それが俺って、どんな確率だよ……」


 放課後、皆が教室からゾロゾロと出て行く中。

 一人、トイレの鏡に映る自分の姿を見て、思わずため息をついてしまう。


 ―――小学五年生の頃、俺は一人の女の子を助けたことがある。

 その頃の俺はどうしてか子供らしく正義感に溢れていて、困っている人がいれば誰彼構わず助けに行っていた。

 それこそ、ナンパから助けたこともあったし、母親の形見をなくしたって子と一緒に日が暮れるまで探したりしたこともあったし、見知らぬ女の子の苦手を克服するために手料理を振舞ったりした。


 頭に残る傷を作るほどの怪我をしたから、特にその子のことはよく覚えている。

 歳上の男達に囲まれ、怯えている女の子。きっと、あの頃から可愛らしかった容姿を見てだろう。

 割って入って、庇おうとして……押し倒された拍子に、頭を打って怪我をして。

 結構な量の血が流れたからか、男達は怖くなって逃げてしまい―――俺も「大丈夫この血!?」って、冷静になって急いで病院に行った。というより、向かう途中で心配されたおじいちゃんに救急車を呼ばれた。


 ―――綾瀬の話を聞いた時は驚いたものだ。

 聞けば聞くほど、自分の記憶と合致していたから。

 まさか、あの時の女の子が綾瀬だったとは露にも思わず―――


(かといって、正直に話したところでなぁ)


 素直に言おう。

 いまさら自分のことを話すのは……なんか恥ずかしい。

 何せ、今の綾瀬の中で初恋相手が美化されすぎている。

 自分のことを卑下しているわけではないが、あれほど想い続けられ、過大評価されてしまえば中々口に出せない。落胆されるのも怖い。

 今の関係は別に嫌いじゃないし、綾瀬には申し訳ないが……恐らく、今後も言うことはないだろう。


(できれば、早く彼氏でも作って忘れてもらえたらいいんだが……)


 そう思っていた頃、ふと帰宅前の他クラスの男子がトイレの中に入ってきた。

 そして、楽しそうに談笑する声が耳に届いてしまう。


『なぁ、綾瀬ってマジでいいよな。俺、普通に好きなんだけど』

『C組の東堂もクールビューティーって感じでいいけど、綾瀬は話しやすいし「ワンチャンあるんじゃね?」ってなるし』

『俺は断然、西条院。美人だし、なんてたって家がお金持ちだし』


 ……まぁ、なんというか。大変男の子らしい会話である。

 名前が挙がるのは、俺でも聞いたことのある学校の人気者ばかり。気持ちは分かる。


(人気者だねぇー、羨ましい……絶対、綾瀬とか喜ばなさそうだけど)


 人が来たので、とりあえずトイレから出る。

 茜色の陽射しが差し込み、帰宅する生徒が闊歩する廊下を歩いて、俺が自分の教室に戻った。

 すると―――


「へぇ、こんな漫画あるんだ!」


 瞳を輝かせる、艶やかな金色の髪を靡かせる女の子。

 端麗であどけなさも残る綺麗な顔立ちに、くりりとした丸い瞳、長いまつ毛と整った鼻梁。

 着崩した制服から醸し出されるスラッとした体躯は、異性だけでなく同性まで目を惹いてしまうもの。まるで神が創り出した女神の造形美だ。

 教室に入った途端、否が応でも視界に入ってしまう少女———綾瀬美柑は、何やらクラスのオタク組に混ざって漫画片手に目を輝かせていた。


『も、もしよかったら……貸すから、読む?』

「え、いいの!? やったー! ありがとね、佐藤くん!」

『べ、別にいいよ……これぐらい』


 照れる男を他所に、綾瀬は嬉しそうに漫画を抱える。

 すると、ふと視線が合い―――


「あっ、おっそーい! どこ行ってたの、いっくん!?」


 パタパタ……ではなく、ズカズカと急に詰め寄ってくる綾瀬。

 おかしい、圧を感じる。何もしてないというのに。


「こっちはねー、いっくんのことさっきからずっと捜してたんだよ!?」


 その抱えている漫画をどこでいつ手に入れたのか、凄く気になるところだ。


「ごめん、ちょっとお花を摘みに行ってたんだよ」

「ダウト! お花持ってないし!」

「隠語だよ馬鹿野郎」

「い、隠語って……いきなり変態発言やめてよね」

「……お前は俺が何を隠したと思ったんだ?」


 この子はたまに俺の想像を越えてくる発言をするから恐ろしい。


「ま、いいや……早く帰ろ、いっくん。このままじゃ、今日もいっくんのご飯を食べさせてもらうことになる」


 綾瀬は一度自分の席へと戻り、俺のバッグと自分のバッグを一緒に持ってきてくれる。

 少し忙しないその姿は、早く帰りたいのだとしっかりと窺える。

 確かに、今の姿を見ていると十分弱の遅れがあまりよろしくないのだと伝わってくるのだが───


「ん? アニメ見るだけだろ?」

「え? 百二十話あるんだよ?」


 そこまで見るつもりなら、もう十分遅くなったところで誤差の範囲だろう。


「そういえばさ、私この前スカウトされたんだよね」


 はいこれ、と。俺のカバンを渡してくれる綾瀬。

 軽くお礼を言い、そのまま二人で教室を出て行く。


「へぇー、なんのスカウト?」

「雑誌のモデルだって……正直、やってみてもいいかなーって。ほら、化粧品とか漫画とかメリケンサックを買ってるとお小遣いも減っちゃうし」


 メリケンサック。


「いっくんはどう思う?」

「とても女子高生らしくないワードが一つ混ざっていた気がしなくもないが……別に受けてもいいんじゃないか?」

「ふぅーん……ちなみに、ある程度予想がついてるんだけど、一応聞いておくよ。なんで?」

「綾瀬の写真を紙媒体でも見てみたい」

「ブレないねぇ、いっくんは」


 電子と雑誌、両方購入していつでも見返せるよう手元に置いておこう。

 近くの書店を今のうちにチェックだ。


「いっくん、いっくん」


 早速スマホで書店の位置をチェックしていると、横から唐突に肩を叩かれる。

 視線を上げると、そこには可愛らしく顎にピースを添えてポーズを決めている綾瀬の姿が───


「いぇーい♪」


 パシャ。


「とてもありがとう」

「いっくんの反射神経、マジどうなってんの?」


 これで今日も俺の写真フォルダが潤った、嬉しい。


「綺麗、可愛いに罪はない……あー、最高がすぎる。そういえば、この前新しいボーイズグループが結成されたってニュースで出てたなぁ」


 あれも入念にリサーチせねば。

 お気に入りのアイドルグループが売り出してるレーベルだから、きっと顔面偏差値当たりに違いない。


「むぅ……撮らせてやったのに、他の子に目移りしちゃってさぁ」


 ドスッ、と。脇腹に綾瀬からの優しいパンチが打ち込まれる。


「なんか、ジェラるんだけど」

「ジェラる?」


 あまり聞かない単語を聞いて思わず首を傾げていると、頬をふくらませた綾瀬は先を歩き始める。


「……いいもん、私は初恋相手にメロメロになってもらえればいいし」


 ボソッと聞こえてきた言葉。

 それを耳にしてしまい、俺はこそばゆい気持ちになりながら綾瀬のあとを追う。


「……よくもまぁ、の時のことをずっと想い続けられるもんだ」


 綾瀬なら、文字通り男なんて引く手数多だろうに。

 まぁ、そういうところが綾瀬の美徳なのだろうが。

 なんてことを想いながら、綾瀬の横に───


「ねぇ」


 ───並ぼうとした瞬間、ピタッと綾瀬の足が止まる。


「どした、綾瀬?」

「どした? はこっちのセリフだよ」


 そして、グッと顔を近づけ───


「どうして、いっくんはあの時のことを小学五年って言ったの? 私、いっくんにはとしか言ってないよね?」


 ───その言葉に、俺は思わず固まってしまったのであった。

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