Lord of Thousand Wisdoms ~冒険者に憧れた触手モンスターがやがて魔城の王と呼ばれるまで~

SIS

The Beginning of Distortion, Inheritance of Wisdom ~巣窟迷宮の魔術師~

第一話 迷宮の不審者


 巣窟迷宮エトヴァゼル。


 地下六層、暗黒の回廊にて。


 一組の冒険者パーティーが、光の無い迷宮の中を探索していた。


「来たぞ! 陣形は手筈通りに!」


「あいよ、リーダー!」


 ゴツゴツとした岩肌がむき出しの、とてもではないが歩きやすいとは言えない地面。ともすれば角ばった凹凸に足を取られて転倒しかねないこの戦場で、二人の前衛が淀みない足取りで前に出る。


 一人はまだ年若い、幼さすら残す精悍な横顔の金髪の青年。もう一人は人生を一通り噛みしめた、青年というには年老いた、中年というにはまだ貫禄の足りない赤髪の男。


 青年はきっちと着込んだ胴当てに分厚いコート、手には飾り気のないロングソードと盾という品の良い剣士装備、赤髪の男は使い古した皮鎧を身に纏い、対して手にするのは歴戦を掻い潜ってきた事が伺える使い込まれた剛剣。何もかもが正反対に見える二人だが、息の合った動きで後衛を守るように敵と相対する。


 その彼らの後方に控えるのは、シーフの少女と壮年のクレリック。緑色のショートカットの少女は動きやすい軽装で、右手に松明を持ち左手にはナイフ。クレリックは最後方、メンバー全員の動きが見える位置に佇み、両手で小ぶりのメイスを硬く握りしめて状況を見守っている。


 そんな侵入者たちに対するのは、迷宮の徘徊者達。


 カタカタと音を立てて迫りくるのは、三体のスケルトン。いずれも黄色く汚れた人間の白骨で、ボロ布にしか見えない衣服の成れの果てを身に着けている。そんな有様でもその手には木の盾と、鉄の剣がしっかりと握られており、侵入者への殺意を露にしていた。


 よたよたとした、しかし軽快な動きで迫ってくるスケルトンを前に、一瞬だけリーダーの青年がクレリックに視線を向ける。戦況を観察していたクレリックはその視線にちゃんと気が付き、心得ています、と首肯した。


「亡くなられた方のものではありません。複製体かと」


「じゃあ遠慮なくぶちかましていいって訳だな?」


「油断しないでください、クリーグ。スケルトンといえど、六層だ。俺達と同レベルの冒険者、その骸と見た方がいい」


「はっ、冒険者ってのはおつむあっての事よぉ。あんなカラカラの頭で何ができるってんだ」


「……クリーグの頭もカラカラ具合じゃ負けてないと思うけど」


「シオンてめぇ!?」


「はははは。漫才は好きですが、今はおいておきましょう。……来ますよ!」


 クレリックの警告と同時に、スケルトンが俄かに加速して襲い掛かってくる。明確に走って間合いを詰めてきた三体のスケルトンに対し、前衛は二人。


 と、二人の剣士の間を抜けるように、後方からナイフが飛んだ。シーフの投擲。


 刃物としては小さくとも、投擲物としてはそれなりの重量があるナイフの一撃が、スケルトンの眉間を穿つ。突進とは反対側に仰向けに転がる同胞を一顧だにせず、スケルトン達は前衛の剣士に襲い掛かった。


 刃と刃がぶつかり合い、火花を散らす。


 受け止め方にも、個性が出る。


 青年はスケルトンの剣を真っ向から受け止め、赤髪の男はまともに打ち合わず剣の腹を横殴りに撃ち返した。衝撃でスケルトンが体勢を崩す。

 鍔迫り合いに持ち込まれる青年をチラリと横目に確認した男は、そのまま左手でスケルトンの頭部をぶんなぐった。カコォン! と心地よい音を立てて頭蓋骨がすっとんでいき、急に頭部を失ったスケルトンは戸惑ったように動きを止める。


 そこへ、大振りの太刀筋で剣がひらめいた。切る、というより叩き潰すようにしてスケルトンを粉砕した男は、そのまま最初のナイフで転倒した個体にトドメを刺しに行く。


 彼が起き上がろうとするスケルトンの胸骨をブーツの底で踏みつぶすのと、青年が切り合いの末に最後のスケルトンを下すのは、ほぼ同時の事だった。


「周辺警戒!」


「……よし、敵の姿はねえ」


「ふぅ」


 周囲に、少なくとも松明の明かりが届く範囲で敵の姿が無い事を確認し、一行は緊張を解いた。青年が剣を鞘に戻す一方で、砕けた白骨を見繕っていた男が、残骸の中からナイフを拾ってシーフに投げ渡す。


「ほらよ」


「あんがと」


 受け取ったナイフを手の中で回転させて具合を確かめ、腰の鞘に戻す少女。一方、クレリックはスケルトンの残骸に向けて目を閉じると、軽くVの字を切った。


 それを見た男が律儀だねえ、と肩をすくめる。


「別にこいつら複製だろ? 本物の仏さんじゃないんだし、別に印を切るこたあねえんじゃねえの? ほら、消滅が始まった」


 男の言葉通り、散らばった白骨はパチパチと炭が燃えるように急速に炭化していくところだった。完全に灰の塊になってしまうと、ひとりでにぐしゃりと潰れ、溶けるように消えてしまう。後には僅かな金属片が残るばかり。それと目敏く見とがめたシーフが、手早く拾い集める。


「ちぇ、これだけか。しけてる」


「はは。まあ、性分というものです。仮初とはいえ、生き物のように動いていたものですから、どうしても」


「ふーん。ま、別に咎める訳じゃねえよ。個々人の考え方ってのがあるしな。で、リーダー。さっきから何やってんだよ」


「ん……」


 戦闘後の緊張をほぐす歓談に興じているメンバーの中で、独りだけ、青年は落ち着かなさそうに周囲を見渡していた。剣を鞘に納めたとはいえ、その柄頭には手が添えられたままで、戦闘状態ではないにしろ戦闘準備状態を維持している。仲間の歓談にも加わる様子を見せない彼に、男が声をかけた。


「いや……どうにも収まりが悪くてね。落ち着かないんだ」


「ああ? やめてくれよリーダー、あんたの勘はよく当たるんだ。そういう情報はきちんと共有してくれないと」


 青年の言葉を聞いて、男は解いていた警戒を再び張り巡らせた。シーフとクレリックも、びくっと肩をすくませて周囲を確認する。


 松明の明かりで暗闇を照らす。灯のオレンジ色の光の元に、黒い岩肌、うっすらと靄がかかったような迷宮の回廊が浮かび上がる。その中に、敵の姿はない。


 ふと、シーフの脳裏を閃きが過ぎった。


「……上?」


 天井を灯で照らす。


 六層は暗黒の回廊と呼ばれるだけの事はあって、床も壁も天井も、地肌がむき出しの黒い岩盤だ。階層の構造上鍾乳洞が出来る事もないようで、凸凹した黒い岩が広がっている。


 その中に、不自然な物がある。


 岩肌にあるまじき、ぬらり、とした輝き。湿った何かが、天上に張り付いている。


「デスマント! ……アトソン!」


 冒険者の間で不吉かつ不名誉な死の象徴として語られる怪物の姿を確認し、シーフが警告の声を上げる。だが、それにパーティーメンバーが反応するよりも早く、怪物が動いた。名前の通り薄く広がった布のような体をはためかせ、天上から怪物が舞い落ちる。狙いは、メンバーの中で最も反応が鈍かったクレリックだ。


 デスマントと呼ばれる怪物は、身体の表側は海洋生物じみた鱗の無い滑りのある黒い肌だが、裏側はピンク色で滑り止めのように無数の小さな牙が生えている。そして強烈な強酸を発し、包み込んだ相手を骨まで溶かして肉のヘドロを吸い上げるのだ。包み込まれればまず命は助からない。


 眼前にばあ、と広がるピンク色の死を前に、クレリックが目を見開く。シーフも、前衛二人も間に合わない。


 誰もが彼の死を覚悟した、その時。


『α Θ λ β』


 暗黒の回廊、その回廊を迸った力の渦。小さな光の矢のような一撃が、今まさにクレリックを包み込もうとしたデスマントを横合いから穿った。あくまで重力に乗って覆いかぶさるだけの薄っぺらな怪物は、その一撃で壁に叩きつけられ、皮膜のような体が千々に乱れる。


「いまだ!」


 剣士二人が飛び掛かり、剣でトドメを刺す。奇襲さえ受けなければ、対した相手ではない。薄い布のような怪物は、緑色の体液をまき散らして絶命した。すぐに炭化が始まり、パチパチと音を立てて燃え尽きる。後には、緑色の結晶が残された。


 だが戦利品には目もくれず、一向は闇の向こうに目を向ける。正しくは、その奥から姿を表すであろう、知人の姿を予想して。


「また助けられましたね、ヌルスさん」


 その言葉に応えるように、大柄な人影が松明の光の下に現れた。

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