第百六話 キラキラなお目目
《ふぅ……なんとかなった》
フロアガーディアンの撃破を確認し、その躯が灰になったのを見届けて、ようやくヌルスは緊張を解いた。ずるずると触手を伸ばし、鎧の下半身を手繰り寄せてぎこちなく人型を取る。
《もう後がなかったんで手段は択ばなかったんだけど……誰かが覗き込んだりとかしてなかったよな?》
よたよたと出入口に向かい、顔を出してきょろきょろと周囲を見渡す。幸いにして、今の戦いを目撃されてはいないようだ。
触手を伸ばしたりしているのはまだなんとか誤魔化しようがあるが……多分、恐らく……胴体で真っ二つになったのは流石に言い訳が出来ない。
目撃者がいなくて助かった。6層が冒険者から見ても迷宮の奥地であるのに助けられたといえるだろう。
《いやまあ、冷静に考えると無茶しすぎだったな。頭に血が上るというのはこういう事か……》
戦いに夢中になるあまり、目撃者がいると不味いという発想に思い当たらなかったのは致命的だった。魔術の反動で血を流しすぎて逆に冷静になったというか。
ふぅ、と安堵しつつヌルスは自分の体に意識を向ける。
最後に大分無茶をしたが、果たして大丈夫だろうか。
気のせいか、何やら鎧の中がジャリジャリしているが……。
《って、なんか触手が端っこの方から灰になってるぅー!?》
千切れた触手が灰になるのはいい。が、今は体と繋がっている触手が、先の方からサラサラァと灰になっている。このままいくと本体まで届く。それが何を意味するのか、言うまでも無いだろう。
《ひぃい、補給補給……全部さっき飲み干したじゃん!? 残ってる袋の中身……全然足りないよぉ!?》
勝負に出る前に、手持ちの魔力結晶は使い切り、戦闘用に残した10個ばかりの魔力結晶では到底足りない。
慌てて何かないかと見回すヌルスの視界に、たった今倒したフロアガーディアンの灰の中でキラリと光る輝きが入った。
《背に腹!》
勿体ないが命には代えられない。ヌルスは大急ぎで鎧を脱ぎ捨て残骸の飛び掛かると、大粒の魔力結晶に加え堆積した灰も吸収しにかかった。粘液がたちまち灰塗れになり、その後溶けるようにして消えていく。
《ふぅー。いきかえるわぁー。言葉通りだけどね……》
流石に6層フロアガーディアンの魔力結晶ともなると、内包する魔力量は莫大だ。たちまちヌルスの存在崩壊の進行が停止し、身体の芯から魔力が満ちる。同時に、大量の灰を吸収した事によってか、俄かにヌルスの体積が膨れ上がる。
いや、それだけではない。
《お、おお、お?》
むくりと身を起こすヌルス。明らかに触手の力強さが増し、真ん丸な本体を持ち上げるのに力む必要が無い。その真ん中の本体も一回り以上大きく膨らみ、ぷっくらと膨れている。
また、あきらかに触手の太さも増している。代わりに本数が半分以下に減っているが、伸びた触手の先端が幾重にも枝分かれしたり戻ったり、不定形な様子を示している。見ようによっては以前より器用になったかもしれない。
そして、本数が減った事で露になったままの触手本体。そこにぴ、と横に切れ目が入り、くぱあと開いた。その内部には、血の滴る肉……ではなく、半透明の白く濁った球体があった。それが半回転し、ぎょろり、と十字に瞳孔の裂けた赤い瞳を露にする。
それと同時に、ヌルスの意識に突き刺すような鮮烈な感覚が去来した。
《こ……これは、見える! 視えるぞ! これが……目!?》
ぷるぷると震えてヌルスは感動を露にする。いままで理屈はわからないもののぼんやりと認識していた世界に、鮮やかな色が付く。こうしてみると、確かに活動に不具合はなかったものの、ヌルスの見ていた世界は実に味気ない景色だったという事を思い知らされる。
輝く魔力結晶の煌めき。
大気にうっすらと漂う灰燼の小さな輝き。
黒く煌めく岩盤の色合い、静寂を湛える闇の深淵。
全てが、ヌルスにとって未体験の世界。
《光! 色! これが世界……! 美しい……!》
ぷるぷる触手を震わせながら、ヌルスは初めて見る世界に見入っていた。
そしてたっぷり数十分。流石に戦闘後の小部屋では見るものも少なく、ややあってヌルスはようやく平静を取り戻した。
《……おっと。いつまでも見入っていてはいけないな……》
ふるふると体を振って正気に戻ると、いそいそと鎧の下に向かう。
次の挑戦者が来る前に鎧を着ておかないと、下手をすればヌルスが六層のボスと勘違いされる。来客者の姿を警戒しながら脱ぎ散らかした鎧を急いで装着する。
本体は大きくなったが、幸いにしてその気になればサイズは可変できるようだ。目玉も、出したりひっこめたりできるようで、小さくなってる時は眼球そのものが体内にないようだ。どういう造りになっているかさっぱり不思議だが、自在に枝分かれしたり形状が変更できるようになった触手と一緒で、肉体を任意で分化させられるようになったという事なのだろう。
話に聞くブレインサッカーは、九つに分かれた触手の先があたかも蛇の頭のように口や牙、舌があったというから、高レベルに成長した触手型魔物はそういう能力を持つのかもしれない。
《まあ、2層で生まれた私が、6層なんていう超格上の魔物の魔力結晶を吸収した訳だからな、それぐらいのレベルアップはあってしかるべきか》
納得しつつ、鎧に納まった体のフィット具合を確認する。多少、触手の使い方が変わった事でぎこちない動きにはなるが、概ね問題はなさそうだ。残念なのは、目玉は本体にしか出せないようなので、触手の先に目玉を設けて人間と同じように兜から覗いてみる、という事はできそうにない。
これだと人間に擬態している限り目玉の出番はなさそうだ。
《いや、まあいいか。目がなくても認識に不具合はないし、せっかくの視界だ。安売りしたくはないな》
今は視界を得たばかりで物珍しいが、多用していれば慣れてしまって、まあこんなもんか、という事になってしまうだろう。自然な事だが、それはなんかもったいない。
この新鮮さを失わない内に、特別なものを見ておきたい。その為には、しばらく視界は封じるべきだろう。
では、その特別なものは何か。
考えるまでもなく、ヌルスの脳裏に一人の少女の姿が浮かび上がった。
アルテイシア。
視界が無い今まででも、彼女は人間として見目麗しい造形をしているのは分かった。きっと、この瞳で見れば思っているよりも彼女は遥かに美しいのだろう。
そうだ、それがいい。この瞳が次に見る美しいものは、彼女がいい。
そう決めて、ヌルスは心理的に瞼を縫い合わせた。何かの拍子に開いてしまわないように封をする。
《ふふふふ。私に目ん玉が生えた事を知ったら、彼女、どんなリアクションをするかなー?》
その時を想像しながら、ウッキウキで杖を拾うヌルス。
勿論、ドン引きされる可能性なんて欠片も想像していない。
ヌルスはしばしば忘れがちだが、アルテイシアがヌルスに好意的なのは打算と積み重ねと慣れによるものなので、突然目玉がそこに生えてきたら驚くというより恐怖するのは言うまでもない。
ましてやヌルスの視線を以前から気にしているアルテイシアの事である、無造作に太ももに視線を向けたりしたら反射的に目潰ししてくるかもしれない。目が無茶苦茶繊細で痛みに過敏な器官である事を、当然今のヌルスは知らない。
《さて、拾うものも拾ったし、あとはこの後どうするかなのだが……》
青く明滅する転移陣をじっと見つめて、ヌルスはうーんと触手を捩る。
このまま7層に向かってもいいのだが、聊か消耗しすぎている。もし7層が6層と同じく敵が単純にただ強い場合の階層であるとか、あるいは5層と同じく初見殺しのギミックを備えた階層だったら、今のヌルスには命取りになりかねない。
様子見だとしても、十分な準備を整えてから向かうべきだろう。
《急がば回れと人間の賢者もいっているしな。今日は6層ボスを撃破した事を最大の戦果として、一度引き返すとしよう》
今日の冒険はここまで。
ヌルスはそう結論付けて、フロアガーディアンの部屋を後にした。
《ううーん。アルテイシア達は今、何をしてるんだろうなあ。早く降りてこないと、先にいっちゃうぞー……と》
通風孔へ向かう道中にも、冒険者の姿はない。
最前線だから仕方ないが、少しだけ寂しく思ってヌルスはため息をついた。
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