『ダンジョンの仕組み ~初級者向け~』より一部抜粋



●ダンジョンとは、そもそも何なのか



 ダンジョン、あるいは迷宮と呼ばれる構造体。その分類の基準は、ダンジョンコアの有無である。例え自己発展する回廊構造を持っていても、モンスターが徘徊していても、ダンジョンコアを持たなければそれはダンジョン及び迷宮に該当しない。逆に言えばダンジョンコアをもっていれば、自己発展しない直線の回廊であっても、モンスターが存在しなくとも、そこはダンジョン及び迷宮として分類される。以降、該当構造体については、迷宮で呼称を統一する。






●ダンジョンコアとは、何なのか


 ダンジョンコアは、特定の物質を指し示す言葉ではなく、機能を指し示す用語である。その機能とは、周辺の魔力を吸収し、濾過し、魔素を吐き出す、というものである。この魔素が現実世界に働きかける事で地形が変化し回廊が生まれ、モンスターのような存在が生み出される。故に、この機能を持っているのであればそれがなんであれ、ダンジョンコアに分類される。しかしながら現状、発見されているダンジョンコアは九割がた、魔界から侵入したパンデモニウムリリィと呼ばれる魔界植物であり、一般的にはパンデモニウムリリィが迷宮を形成していると認識されている。一般認識においてこれはほぼ間違いないが、学問としてはそうではない場合もあるため、研究者はこの差異を認識しておく必要がある。なお、自己発展する回廊構造とモンスターの生成、その両方を満たしているのもまたパンデモニウムリリィの作り出した迷宮の特徴であり、数少ない例外は、どちらかの要素が欠けている場合が多い。例を挙げておくと、神話に名高いミノタウロスの迷宮は、ミノスの鉄仮面がダンジョンコアとなって誕生したものであり、ミノタウロスという特定のモンスターが徘徊する一方で迷宮そのものは単純な回廊構造で固定されて変化する事はなかったという。逆に、クノッソスの倫理迷宮と呼ばれる迷宮は、名前にもなっている哲学者クノッソスが残した碑石がダンジョンコアとなっており、モンスターが出現しない代わりに短期間で構造が変化する極めて複雑な回廊構造となっている。このように、一口で迷宮といっても、ダンジョンコアが何であるかによっても大きく性質が変化する為、逆説的にダンジョンコアの有無だけが焦点になってくるのである。





●何故ダンジョンを放置できないのか


 現状、ありとあらゆる迷宮は攻略対象になっており、冒険者ギルドの管轄のもと、冒険者による調査、開拓が行われている。これは全てのダンジョンが対象であり、クノッソスの倫理迷宮のような、モンスターが出現しない迷宮も例外ではない。これは、迷宮の攻略が人類社会において必要不可欠な事であり、かつ、内部のモンスターが危険だから、という理由にとどまらないことを示す。市井にはしばしば、迷宮を放置していると中からモンスターが出てくるから危険、という非学者が存在するが、これは誤りである。モンスターは迷宮の中でなければ生存できない。彼らは魔素によって誕生し、魔素によって生かされている疑似生命体であるため、魔素の充満した迷宮内部でなければ生存できないのだ。


 ならば何故、犠牲を積み重ねてまで迷宮を攻略しなければならないのか? それは、ダンジョンコアの性質が関わっている。ダンジョンコアは魔力を吸い上げ魔素を輩出するが、この魔素は現実を捻じ曲げ迷宮を生み出すような代物である。当然ながら、そんなものを放置しておけば大変な事になる。残念ながら、現在魔素研究は発展段階であり、理論的に何が齎されるか、そのメカニズムは解明途中であるが、事実という実績が存在する。


 記録によれば、100年前、大国ドラウプニルが、領内に発生したある迷宮を放置した結果、大陸ごと滅び去ったというものがある。記録が逸失しており、該当大陸は今も未明の霧に覆われて調査は遅々として進んでいないが、どうやらその始まりは、ある小さな迷宮を放置した事にあるらしい。モンスターが出現せず、構造も単純なその迷宮を処理する必要性を感じず放置した結果、高濃度の魔素が蓄積され、それはやがて日、閾値を越えた。その結果、迷宮は魔界と繋がり、現実世界に現れた悪魔の大軍勢との争いに敗れ、ドラウプニルは滅んだ……らしい。


 証拠に乏しい話ではあるが、霧に覆われた大陸内では悪魔型モンスターとの遭遇報告が多い事、前述のように多くの迷宮が魔界からの外来植物であるパンデモニウムリリィによって発生した事を考えると、必然性は十分であると言える。よって、そのメカニズムは定かではないものの、迷宮を放置する事は人類全体の危機であるという認識が多勢である。


 この魔素災害を完全に防ぐには、迷宮を攻略し、ダンジョンコアを破壊するほかはない。だが幸いにして、迷宮に部外者である冒険者が侵入し、内部で魔力結晶を回収したりモンスターを討伐する事で、魔素の蓄積速度が減少しているらしい、という研究報告がある。いったいどれほどの魔素が蓄積すれば臨界点を越えるかは判明していない為油断は禁物だが、少なくとも冒険者の活躍によって、最悪の事態までのリミットは引き延ばされているという事である。


 逆にいえば、現時点で攻略の見込みがないような高難度迷宮であっても、人柱として冒険者を送り続けなければいけないという事でもある(あまりにも極端な場合は、死刑囚を送り込むといった最終手段を講じているところもある)。迷宮研究に携わる者は、この事を忘れず冒険者への感謝を欠かさないようにしたい。






●迷宮の完全踏破について


 今現在、迷宮の完全踏破は事例が少ないが、皆無ではない。その事から、その消滅のメカニズム、待ち受ける障害についてもある程度判明している。迷宮は多層構造になっており、最低でも10~20階ほどの地下に向かって伸びる地下構造になっている。当然、下に向かえば向かうほど、構造も複雑になり徘徊するモンスターも凶暴になっていく。各階層の接続点には、フロアガーディアンと呼ばれる一際強力なモンスターが配備されている。


 このモンスターは特定の場所を動く事はなく、また基本的に他のモンスターと群れる事はない。またフロアガーディアンは次の階層の徘徊モンスターの戦闘力を基準にしており、同階層のモンスターに比べて明確に強いという事がはっきりしている。この違いについては、一般的なモンスターは侵入者への対策として生み出されるが、フロアガーディアンは迷宮の構造を維持するの為の存在なのではないか? という説があるが、明確な証拠は見つかっていない。ただ、どういう訳かこれを一度撃破した冒険者の前には、同じフロアガーディアンは姿を表さない。前述の迷宮機構の現れ、という説を踏まえるならば、無駄なリソースを消費しないよう無力化した戦力を冒険者に向けないため、という説が一般的である。ともかく、冒険者側はこのフロアガーディアンを撃破し、次の階層を探索する、というルーチンを繰り返す事になる。そしてこのフロアガーディアンには、必ず違う階層を跨いで連続して出現しない、というもう一つのルールがある事が分かっている。この事は、後々に説明する。


 とにかく、そうして地下に下っていくと、最下層には必ずダンジョンコアが存在する。当然、ダンジョンコアは侵入してきた冒険者に対し、最後にして最大のモンスターを最終障害としてあてがってくるが、それそのものに戦闘能力はない。冒険者が最後のモンスター……一般的にはラスボス、と呼ばれる……を撃破し、ダンジョンコアを破壊すれば、迷宮の構造は破綻を迎える。それに伴い現実空間の修復作用が発生し、迷宮は崩壊に向かう。当然、迷宮内で探索している冒険者はそれに巻き込まれる事になるが、冒険者は現実の存在であるため修復作用によって外へと安全にはじき出される。


 こうしてダンジョンコアを失った迷宮は消滅し、魔素は霧散し、生息する魔物は全滅し、迷宮に上書きされていた土地は元に戻る。それをもって、迷宮は完全踏破された事になるのだ。







<作者からのコメント>

kakakukoさん、レビューありがとうございます!





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