第四十話 アルテイシアと仲間たち その3


 受付で整理券をもらい、正式な手続きの順番を待つ四人。


 冒険者の列は少しずつ短くなっており、受付時間の長さに辟易した者達はすでに街中に暇つぶしに散っていった。おかげで、最初に比べればギルド支部は静かになっている。


 それはすなわち、居さえすれば顔見知りを見つけやすいという事でもある。


「頑張るね。今日も迷宮探索かい?」


 壁際で、モンスターの情報提供についての張り紙をチェックしていたアルテイシアは、背後から青年に声をかけられて振り返った。


「アトラスさん!」


「やあ、こんにちは」


 声をかけてきたのは、顔見知りの冒険者だった。金髪の剣士で、傍らには彼の相棒である赤い髪の剣士と、初めて見る緑色の髪の女の子の姿もあった。


 金髪の剣士は数歩、ある程度の距離を空けているがこれは彼我の関係に距離があるのではなく、相手を不快にさせまいとしての気遣いの賜物だろう。そういう所に気が届くこの青年の事を、アルテイシアは高く評価している。


「こんにちは。アトラスさん達も今日から迷宮に? ……意外です、アトラスさん達なら即日潜っているものかと」


「ははは、過大な評価痛み入る。まあ、ちょっとやる事があってね」


「クリーグさんも、こんにちは。……そちらの方は?」


「ああ。紹介するよ、今日から俺達と一緒に冒険する、シオンだ」


 アトラスが一歩身を引き、入れ替わるように少女が前に出てくる。少し鬱屈そうな雰囲気のする少女は、素直にぺこりと頭を下げて挨拶をした。


「……シオン・ベトナインです。シーフ、やってます。よろしく」


「私はアルテイシア・ストラ・ヴェーゼです。よろしくお願いしますね。……少し、失礼」


 挨拶をかわしつつも、一言断ってアルテイシアはまじまじとシオンの立ち振る舞いをチェックした。


 特に重心の定まっていない、ただ立っているだけといった佇まい。装束は標準的なシーフらしい軽装と革の胸当てだが、ちらりと垣間見える肉体は特に引き締まっている訳でもなく一般人のそれだ。腰に差した短剣の柄は使いこまれた様子もなく新品のようである。


「……アトラスさん?」


 冒険者が、新人をメンバーに組み込む事は珍しい話ではない。だがそれは、パーティーそのものも駆け出しの場合においてだ。アトラスとクリーグは、二人で5層まで到達した凄腕冒険者と聞いている。そんな二人が、今更素人剥き出しの新人をメンバーにいれるというのはどうにもおかしな話だった。


 これで相手が、既知の間柄であり人格に信用を置いているアトラスでなければ、犯罪行為の一端とみなしてもおかしくはない。


 明らかに非難する様子のアルテイシアの反応に、「ほらな」とクリーグがアトラスを小突き、当の本人は苦笑いを浮かべる。ただシオンは、申し訳なさそうな顔で佇んでいる。


「アルテイシア嬢ちゃんの反応も御尤もだが、まあ、大したことじゃあない。慈善事業っていうか、こいつの悪い癖だよ」


「慈善事業とは人聞きが悪いな。二人での探索に限界を感じていたのはクリーグも同じ意見だったろう」


「だからって腕利き雇うんじゃなくて、孤児院から飛び出した跳ねっ返り娘を一から仕込もう、ってのが慈善事業じゃなかったらなんなんだよ。なあ?」


「あはは……」


 クリーグの説明に、バツが悪そうにアトラスが顔を浮かべる。自覚はあるらしい。アルテイシアとしては、苦笑いして場を誤魔化すほかはない。ただ、そういう事情なら納得である。なるほど、アトラスは普段からそういう事をしそうな言動の人だ。


「でもいいんですか? そんな事してる間に、私達が先に迷宮踏破しちゃうかもですよ?」


「急がば回れ、という奴だ。それに俺達だけがフロントライナーじゃない。すでに六層に踏み込んでるパーティーだっている、僕らも君らもチャレンジャーの立場は変わらないさ」


「ほほーう、余裕ですね」


 お互い、本気だという事はすでに伝えてある。よくわからない理由でライバルが脱落してしまっては興ざめだが、アトラスにそのつもりはないようである。むしろ意欲に燃える瞳を見て、アルテイシアは満足げに頷き返した。この様子だと、すぐに仕上げて追いついてくるだろう。自分達もうかうかしてられない。


「おーい、アルテイシア。そろそろ順番……あっ、アトラスさんこんにちは」


「こんにちは、エルリック君」


 どうやら順番がやってきたらしい。呼びに来たエルリックとアトラスが挨拶をかわすのを横目に、アルテイシアは支部の壁、街の向こうにある迷宮の出入口に目を向ける。


「今日こそ、お会いできるといいのだけれど」


 きゅ、と白く変色した三つ編みの先を握りしめる自分の手に、彼女は気が付いていない。




 アルテイシア四人組は、全員が魔術師という尖りきったパーティー構成だ。しかも全員が学院での高等教育を受けた中級魔術師である。卒業前とはいえ、練度も十分であり、立ちふさがる障害をその圧倒的火力で文字通り粉砕してきた。


 やられる前に倒してしまえばタンクも前衛もいらない、という訳である。が、4層において、アルテイシアがハイドポッドの奇襲にやられた事で話が変わった。


 これまでは、運動神経に自信があるエルリックを疑似的な前衛とし、他のメンバーを後ろに下げ、もっとも魔術師としての能力が高いアルテイシアを最後衛に置いていた。だが今のままだと、背後から不意打ちを受けた時に最大戦力であるアルテイシアが真っ先にやられてしまう事になる。これまではそんなヘマを打たない、として、事実それで通ってきたが、ハイドポッドに奇襲を受けた事でそれも通らなくなった。


 戦術の見直しが必要である。


「という訳で、今回は新戦術を試してみようと思います」


「「おー!」」

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