第二十三話 地底湖の終点
今度はモンスターのみならず、冒険者にも気を配る。道の先に冒険者の気配を感じれば、接触しないようコースを変える。先ほどはモンスターとの闘いに集中しすぎて不覚を取ったが、二度目は無い。
3層は薄暗いので一見そうは思わないが、それなりに冒険者の姿を垣間見る事が出来る。薄闇の向こうからは威勢の良い掛け声が聞こえてくるし、闇の中移動する松明の明かりを確認する事もできる。またしばしば足元からは突き落とされた冒険者やモンスターの水飛沫が聞こえてくる。考えてみれば2層と違い壁で仕切られていないので、それなりに賑やか、という事なのだろう。
まあ命を懸けている冒険者からすれば、賑やか、なんていう穏やかな表現はできまい。どちらかというと、殺伐としている感じになるだろうか。
そうやって人もモンスターも避けながら進んでいくと、やがて回廊の終わりが見えてきた。冒険者達が降りてくる入口とは、湖を挟んで反対側。いくつかの回廊が空中で集結して一つの道になり、それが壁の中に消えている。その先には、壁面に彫られた大きな横穴が広がっている。
3層の終わりだ。そして、試練の場に続いている道でもある。
《……さて。ここからが本番、という事か》
周辺に誰も居ない事を確認して先に進む。
迷宮の構造を、改めて思い返す。基本的に迷宮の各階層は、地底深くに根付いたダンジョンコアの放出した高密度の魔素によって現実空間がゆがめられて作り出されたものだ。当然、ダンジョンコアから遠ざかるほど、魔素の影響は薄くなり、現実に近い構造に……すなわち、危険度の低い構造になる。が、一方で何がどうなっているかは、それこそ迷宮によってそれぞれ異なる。例え同じパンデモニウムリリィから精製された迷宮であっても、その階層構造は全く異なるものだ。ある迷宮では2層が石造りの回廊であっても、別の迷宮では草木生い茂る自然豊かな洞窟であったりする訳だ。
だが、どれだけ階層の構造が違っても、要点……つまり始まりと終わりの構造は決まっている。迷宮の各構造は独立しているが、必ず前後の層と繋がる転送ポイントが最低一つずつある。そして、次の層に向かう転送ポイントの前には、一部の例外を除き必ずフロアガーディアンが配置された小部屋がある。
フロアガーディアンというのはモンスターの一種ではある。冒険者からはボスモンスターとも呼ばれているそれらは、明確に他の一般モンスターとは区別される。それは強い弱いではなく、そもそもの有り様が違うのだ。
モンスターというのは元々生物の真似事をした魔力的な現象だが、ガーディアンはその性質がさらに極端によっている。彼らは転送ポイントの前に棲んでいるのではなく、侵入者が小部屋に侵入するとその場で生成される。そして倒されなくとも、外敵の排除に成功した場合でも自動的に消失する。護衛というより、使い捨ての防衛設備、といった方が適切かもしれない。
何故こんな極端な仕組みなのかは、人間の間でも議論を呼んでいるらしいが、概ね迷宮の構造の一種、という見方がされているようだ。一般モンスターが迷宮を徘徊し侵入者を排除するなら、ガーディアンは重要箇所への侵入を阻止する役目を与えられている訳だ。ここでいう侵入者は、実は冒険者には限らないらしいが。
そこまでするならいっそ、次の階層への転送ポイントを作らなければいいのでは、とも思うが、それはそれで迷宮にとって不都合な事らしい。少なくともパンデモニウムリリィはその代謝の一環で魔力を吸収し魔素を放出するので、その流れの関係だと考えられている。
そういう訳で、階層を移動するにはガーディアンの撃破が必須となる。また、これも極端な話だが、一度ガーディアンを倒した者は、次からは同じガーディアンと戦う事はないという。これは一度通じなかったから再び出すだけ無駄、といった割り切った対応という事になるのだろう。勝っても負けても消滅するガーディアンだが、勝って消滅する場合はリソースが回収できるが、冒険者に負けた場合はリソースの回収ができない、とかのコスト上の問題でもあるのかもしれない。
とにかく、ここで大事なのは一つ。
それが何であれ、次の階層に行くためにはガーディアンを倒さなければならないという事だ。そしてそれは恐らく、同じモンスターであるヌルスも例外ではないはずだ。
モンスターが階層を移動する事自体、まあまずありえない事だが、別にモンスターには階層を移動していけない、という決まりはないし、拒否感もない。そうでなければヌルスもこうして3層に移動してきていない。そして、下に進むにはガーディアンの排除が必要なのに対し、上に戻る分にはその必要が無い。一応、層の入り口側の転移陣周辺は安全地帯で魔物がよりつかない、という話が書物にはあったが、それが魔物が転移陣に近づけないからなのか、転移陣の向こうにいるフロアガーディアンを警戒しているからなのか、理由についてははっきりしていないらしい。
また書物によれば、ガーディアンは次の層のモンスターの平均より少しだけ強いらしい。それが迷い込んできたモンスターに対する防壁となっているのなら、納得する基準ではある。
とはいっても、その比較は一対一での話であって、一般徘徊モンスターは徒党を組んで襲ってくる事も多い。冒険者からすれば最低限ガーディアンを倒せなければ、次の層で生き延びられる実力ではないという事になる。
一応、ヌルスは3層のモンスターは一通り多数相手にしても勝てるようにはなったが、それでも果たして必要な水準に達しているのか否か、判断が付かない。
通常の冒険者であれば、ここにたどり着くまでに1層と2層のガーディアンを撃破しているはずなので、肌でその能力差を理解しているのだろうが……。
《とはいえ、下に向かうには自力でガーディアンを突破せねばならない》
勿論、ヌルスは冒険者の真似事をしているのであって冒険者そのものではない。だがそれでも、下層を目指す必要がある。
初心を思い返す。ヌルスの行動指針、その第一目標は生き延びる事だ。冒険者を、人間を知りたいという気持ちは強烈な動力源ではあるが、死んでしまえば意味がない。そのために魔術を覚え、冒険者に擬態する手段を手に入れた。
すべては生き延びるために。
冒険者は、迷宮の踏破を目的とした集団だ。その大半がその日暮らしに耽溺して、迷宮攻略を本気で目指すのが全体のごく一部でも、それはゼロではない。それはつまり、いつの日か必ず、迷宮最奥に到達し、ダンジョンコアを破壊される日が来るという事だ。そうなれば、迷宮に依存した存在であるヌルスは、消滅を免れられない。
そしてその日が、いつ来るかは分からない。一年後かも知れないし、一週間後かもしれない。もしかしたら明日かもしれない。すでにこの迷宮は発見されてから随分立っているし、攻略も進んでいる可能性が高い。恐らく、その日はそう遠くないだろう。
その時までに、何かしら、迷宮の外でも生きていける手段を確保しなければならない。その手段は今の所、全く手掛かりを得られていないが、それはあくまで2~3層における話だ。より下の、より魔素に満たされた環境でならば、打開策に繋がる発見があるかもしれない。
勿論、そんな方法は無いかもしれない。だが、それでもあるはずがないと縮こまっていたら、いつか必ず訪れる死を逃れる事はできない、絶対に。それが嫌なら、挑むしかないのだ。
《まあ、最初からそこまで考えていた訳ではなかったけどもな》
始まりは好奇心と自己防衛が大半だったのも事実である。それが色々考えた結果、この先を考慮すると最適解に近かった、まあほとんど偶然の事である。
まあ、きっかけは別に些細な事だ。大事なのは、最終的に何を成すかである。
そしてこのヌルスという個体が活動を停止するまでに何を成し得るか、それは当然、活動中に何をしたかで決まってくる。臆しては何もできない。
そう考えて、ヌルスはここ数日、次の階層への道を探して3層を探索していたという訳である。色々トラブルがあったが、こうしてたどり着けたことでその目的の大半は達成できたと言えよう。
問題は、そう。
ヌルス一人でガーディアンを倒せるか否か、である。
《むぅ……》
<作者からのコメント>
Atotuさん、berurunngaさん、レビューありがとうございます!
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