第二十四話 挑戦、グランドクラーケン
ガーディアンそのものは、小部屋に侵入者が完全に入らないと出現しないらしい。こうして遠巻きにしてみる限りではちょっと広い小部屋があるだけだ。
冒険者の場合、3~4人でパーティーを組むのが鉄則らしい。二人も多いらしいが、逆に一人や五人以上は少ないというか、敬遠される。五人もいると迷宮の通路に対して多すぎて身動きが取れず、かえってモンスターと戦いにくいという感じになる、というのは書物の受け売りだ。軍隊が、迷宮攻略に駆り出されない理由でもある。とにかく、五人以上のPTは、冒険者を管理するギルドでもよい顔をされない。
そして一人は、まあ言うまでもない。迷宮という対応力を要求される環境では、手持ちの札を使い切ってしまえば終わりの一人旅は、遠回しな自殺のようなものだ。
よって四人、ないし三人が、冒険者のPT構成の鉄則となる。そしてそのメンバーで、それぞれ得意な事で不得意をカバーし合い、集団としての総合力を補強したのが冒険者パーティーという訳だ。そんな冒険者パーティーが、万全の準備を整えて挑んでなお、敗退する事すらある分厚い壁。それが、フロアガーディアンなのである。
対して、ヌルスは人間より強靭な肉体を持っているとはいえ一人旅。その数少ないメリットである肉体性能も、フロアガーディアンからすれば唯の人間とどれだけ差があるものやら。
《むむむ……》
部屋を探し出したのはいいものの、考えれば考えるほど時期尚早という単語が頭をよぎる。魔術が通じないとは思えないが、かといってそれだけで押し切れるほど甘い相手ではないだろう。
確かに猶予がどれだけ残っているか不明であり不安でもあるが、だからといって準備不足で挑み命を落とせば何の意味もない。
やはりここは、人語をマスターし、より擬態を完璧にする事で冒険者と共同戦線を張る方向で考え、挑戦そのものは後回しにした方が良いだろう。3層に長く留まっているようなもの好きな魔術師はそうそう居ない、強力な魔術の火力は、フロアガーディアンに挑むにあたって不安を抱えている三人パーティーには需要があるはず。
ここは焦らず、雌伏の時である。
それはそれとして。やはり好奇心はある。
《いったいどれほどのものなのかね、フロアガーディアンとやらは》
戦うつもりはないが、しかし情報収集を怠る訳にはいかないだろう。
聞いた話によれば、フロアガーディアンとの戦闘は逃走を禁じられる訳ではないらしい。扉が閉まるとか、岩が落ちてきて道を塞ぐとか、そういう話は文献にもなかった。また戦闘が終了したと判断されればフロアガーディアンは消滅し、必要に応じて再出現する。普通の獣と違い、再出現すればダメージも全て初期化される訳だから、危なくなったら引いて回復し、手負いをまた襲撃する、という手段は使えない。情報は取られるかもしれないが、免疫機構といては侵入者を追い返せればいいのだから、それでいいという事なのだろう。
ならば、その仕様にヌルスも肖るべきである。
とりあえず、どんなモンスターなのか確認。そして数発魔術を撃ち込んでみてダメージの通り具合の確認。今後の本格攻略に備えて、それぐらいはやっておいても罰は当たらないはずだ。
《もし魔術の効き目が抜群なら、そのまま倒してもいい訳だしな!》
そんなに甘くはないだろうな、とは思いつつも、皮算用を楽しみながら小部屋に踏み込む。
小部屋の中は特に変わった事のない半円球の空間となっている。人間の大人が四人、十分な余裕をもって走り回れる程度だが、これに大型モンスターが追加されるとなると、いささか狭いかもしれない。一撃離脱戦法にはやや距離が足りない感じで、やはり前衛が攻略には必須だろう。
流石にフロアガーディアンの出現する部屋とあって壁際に松明はない。が、足元が見えないほど暗い訳ではない。部屋の真ん中まで進んでみても、壁際まではっきりと見えるほどの光量が確保されている。
その理由は、部屋の奥にある巨大な魔法陣のおかげだろう。
部屋の奥、壁一面にまるで血管のように描かれた魔法陣。人間の作り出したスクロールに書いてあるそれとはあきらかに系統の違う技術で構成されたそれが、流れる魔力によって青白く明滅している。資格を持つ者がこれに触れれば、次の階層に転移するという仕組みらしい。てっきり使用時以外は反応しないものだと思っていたヌルスは、生物のように脈動するそれを興味深く見つめた。
人間とは違う感覚器官をもっているヌルスには、人には見えない物が見える。その視点では、魔法陣が明滅するのに合わせて魔力が吸引されたかと思うと、その代わりに魔素が放出されているのがはっきりと見えた。まるで生物が呼吸するかのようだ。
何故都合よく人間が転移する為の魔法陣があるのか、という疑問は当然のものとしてあったが、もしかすると人間はついで、というより意図していない仕様で、結果として転移陣として利用する事になっているのかもしれない。魔力を吸い込む、あるいは魔素を輩出するその一連の動作に、人間が巻き込まれているだけ、とか。
《おっと。転移陣にばかり目を取られていてはいけない。そろそろフロアガーディアンが現れるはずだが》
気を引き締めるヌルス。と、不意に魔法陣が明滅するのをやめて、一定の強さで継続して光始めた。その手前の空間に、はっきりと人間でもわかる濃度で魔素と魔力が凝縮され、急速に物質化する。見る見る間にそれは一匹のモンスターの姿となって結実した。
《こいつが、3層のフロアガーディアンか》
現れたのは、全高3mほどの烏賊型モンスターだった。十本の足を持ち、うち二本は長く伸びてまるで腕のように振舞っている。腹部は三角形のヒレを備えており、白く濁った半透明で内部に甲が透けて見えていた。大きさと、支えも無いのに陸上で身を起こしているという点を除けば、概ね普通の生物としての烏賊と似通った佇まいだ。ただ違いがあると言えば、腹部中央に縦に五つ、色の無い宝玉のようなものが並んでいる事か。意味ありげに備わったソレは、どことなく真珠のようにも見える。
3層のフロアガーディアン、グランドクラーケンである。名前の通り、陸生の烏賊型モンスターだ。
一般動物、それも食用として扱われる生き物を大型化したようなデザインは、人間であれば気が抜けてしまうかもしれない。だが、ヌルスは当然と言えば当然だが、烏賊という生き物を知らない。前知識に惑わされる事なく、ヌルスは目の前のフロアガーディアンを深刻な脅威と判断すると同時に、少し親近感を抱いた。
理由は、その10本の脚だ。烏賊を知っている人間ならなんとも思わないだろうが、ヌルスからするとその足は触手にしか見えなくて、ちょっとシンパシーを感じる。勿論、あくまで体の一部であり、本体部分は魚に近い生き物かな、と判断しているので、同族、とまではいかないが、それでもフロアガーディアンという大物が触手系統の器官を持ち合わせているのは、自らを弱小種族と自認しているヌルスからすると不思議な感覚でもあった。
また、それらの足は太く逞しく、表面に強力な吸盤がいくつも備わっている。綱引きをすれば明らかにヌルスに勝ち目はなさそうだ。つまり、魔物としても触手としてもヌルスより格上なのである。
《い、いや、私はまだまだ成長する余地があるし……。現象に近いフロアガーディアンとは違うし……》
誰に説明しているのやら、負け惜しみじみた言い訳が思わず出てしまう。勿論、その言葉を理解できる者はこの場には居ない。
出現したクラーケンは、数秒の間彫像のように立ち尽くしていたが、その瞳に俄かに輝きが宿ったかと思うとウネウネと脚を動かして活動を開始した。本格的に戦闘開始、という事らしい。
ヌルスの様子を伺うように、ゆっくりと距離を詰めてくるクラーケン。その様子からは、ヌルスをはたしてモンスターとして見ているのか、冒険者として見ているのかは伺い知れない。まあ、その性質上、フロアガーディアンは活動期間延長の為に同じモンスターを捕食する事はないはずだから、相手がなんであれ、テリトリーに入ってきたものを排除する、ただそれだけなのだろう。
ちらり、とヌルスは背後を確認する。自分の入ってきた通路が特に塞がれている様子が無い事を再確認し、いつでも逃げ出せるように出入り口を背にしながら杖を構える。
とにかく、今回はあくまで様子見だ。数発魔術を撃ち込んで効き目を確認したら撤収する。
《さて。悪いが、実験に付き合ってもらうぞ》
<作者からのコメント>
tadanonoukinnさん、megmegfireさん、koma13245さん、レビューありがとうございます!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます