第二十五話 魔術実験


 まずは、雷属性を試す。3層では全体的に雷属性が非常に有効だったが、そこのフロアガーディアン相手にはどうだろうか。


『α γ β』


 もう何百回も唱えて馴染んできた、初歩的な弩の呪文。雷光が迸り、クラーケンの体を撃った。


 声帯が無いのか、叫びも悲鳴も轟く事は無い。だが、二本の長い脚を天に掲げるようにして体をのけぞらせ、ビクビク細かく痙攣しているのは、贔屓目にみても間違いなく、効果抜群で効いているように見える。


 よし、とヌルスは安堵した。フロアガーディアンだからと、魔術の効き目が悪いという事はないらしい。


 なんならもう一発撃ちこんでみるか? 再び詠唱を開始するヌルスを他所に、電撃の衝撃から立ち直ったクラーケンは、のっそりと身をもたげた。その腹部の中央に並ぶ真珠のうち、一つが何やら黄色く色づく。それと同時に、白一色だったクラーケンの全身が、心なしか黄色に変色した。


《? なんだ?》


 あからさまな変化にヌルスも気が付いたが、今回はあくまで事前偵察であるからして、悪手とわかっても構わず呪文を放ってみる。


 再び走る雷光の矢。それをクラーケンはどてっぱらで正面から受け止めるが、先ほど違ってダメージを受けた様子が無い。体を細かく震わすクラーケンの体色の黄色が、心なしか深みを増したぐらいだろうか。


《……雷魔法が効かなくなった? 変則式の魔術耐性か?》


 これまで3層通して魔術攻撃には無防備だったのに、突然効かなくなるのはずるくないか? 一瞬愚痴じみた感想が頭をよぎるも、それでいうなら最初の一撃は素直に食らってくれるだけ温情なのでは、ともいえる。何にせよ、食らった魔法に耐性を得るなら、違う属性を試してみるべきだろう。


 人目が無いのをいいことに、触手を伸ばして素早く杖の先端を入れ替える。黄色い宝石から、赤い宝石に切り替えたヌルスは、まだ彼我の距離がある事を確認して呪文を詠唱した。


 今度は赤い炎の矢が迸り、無防備なクラーケンの腹を狙った。その一撃を、咄嗟に長い足の片方を盾にして防ぐクラーケン。だが、見た目通り炎には耐性が無いのか、一瞬で腕は炭化し、半ばから千切れ飛ぶ。勢いを殺されたファイアボルトが、それでもクラーケンの腹に突き刺さり、その身を焼いた。


 よじるように身を悶えさせ、苦痛を示すクラーケン。見た所、雷よりこっちの方が効いているようだ。


 だが、見ている前で今度は二つ目の真珠が赤く染まる。それに伴い、クラーケンの体が今度は黄色と赤のまだら模様に変色する。


 間違いない。


 このフロアガーディアンは、受けた魔法攻撃に応じた耐性を手に入れる能力がある。3層を順風満帆で通り抜けた魔術師は、単一の魔術しか使えないとここで詰む、という仕組みなのだろうか、とヌルスは判断した。


 厄介そうで、それでいて実際に厄介かというと微妙なラインだ。


《ふむ……面白いというか、なんでそんな仕組みなのか。興味深くはあるな》


 何せ問題点はいくらでもある。


 まず、最初の攻撃は普通に食らってしまう事。見た所素の魔術耐性は高くないどころかかなり低い。あくまで小手調べで放ったボルト系魔術であれだけ痛がっていたのだ、もっと威力の高い攻撃魔術……例えば魔弾(ミサイル)系の魔術であれば、耐性をつけるまえに倒せてしまうかもしれない。一発で無理でも、三属性ぐらい用意しておけば、それで殺しきれるだろう。


 次に、魔術に対して学習式耐性を持つと言っても、剣や槍といった物理攻撃にはどうなのだろうか、という事だ。普通に考えれば、いくらなんでもこっちは無理だろう。あのこれ見よがしに分かりやすい宝玉と体色の色変化から分かりやすく想像できるし、そもそも物理を無効にするなんていう特殊能力を持った奴がフロアガーディアンをしていたら、3層の空気はもっと違うはずだ。仮に物理を無効にするとしても、奴の宝玉は五つしかない。つまり五つまでしか耐性を持てないとしたら、適当な攻撃で耐性変化の回数を使い切らせてから、本命の攻撃をくわえればいいだけだ。パーティーが四人いれば、仮に魔術と物理両方に適応するとしても枯渇させるのに十分な手数は用意できる。


 総じて、手が込んでいるが意味合いの薄い特殊能力を持ったフロアガーディアンというべきだろう。3層という、低階層だがそろそろ本番を出してくる、という階層の番人にはちょうどいいかもしれない。


 だが、それはあくまでパーティーで挑んだ場合の難易度だ。


 ソロでどうにかなるか、と言われるとなかなかの難易度と言わざるを得ない。


 別に迷宮は娯楽設備でもなんでもないどころか、冒険者は排除する対象なのでバランスも何もなくて当然だが、それを踏まえてなかなか理不尽な相手だ。少なくとも、現状の手札では倒しきれないと判断し、ヌルスは撤退を判断した。


《まあ、絡繰りはわかった。もう少し魔術を鍛えてからくれば一人でも突破はできなくもない、か?》


 それがわかればもう用はない。踵を返し、出口へと向かうヌルス。そんな彼を見とがめてか、フロアガーディアンが轟くような雄叫びを上げた。


『ヲロロロロ……!』


《やかましいな。威嚇のつもりか? そう脅かさなくともここに用は……?!》


 部屋が雄叫びに合わせるように小さく揺れる。少し足を止められてつんのめったヌルスはバランスを崩して倒れこみそうになりながら、それを知覚した。


 出入口に、大量の魔素が凝縮している。みるみるうちにそれは実体化し、青色の結晶となって出入口を塞ぎ始めた。


《……は?》


 慌てて出入口に飛びつくが、数秒の間に人数人が通れるはずの大きな通路は完全に結晶で埋まってしまい、触手の塊であるヌルスであっても通れないほどに塞がれてしまっていた。こうなっては正体を隠す余裕もなく、触手を伸ばし絡みつかせて無理やり引きはがそうとするが、結晶は岩盤のように固まってびくともしなかった。


 モンスターであるヌルスに破壊できないという事は、人間には当然破壊できない。


《ウソだろ。ガーディアンの部屋が封鎖されるのは、一般的には8層以上じゃないと起きない現象のはずだぞ!?》


 多少古いとはいえ学術書の記載だ。さらに、耐性を得る特性を持つクラーケンを相手に出口を封鎖されるなんて事になれば、パーティーによっては詰みかねない。難易度は当然跳ね上がる。


 少なくともこの巣窟迷宮エトヴァゼルがそんな凶悪難易度の迷宮だなんて話は金輪際聞いたことがない。そうであれば、冒険者にだってもう少し緊張感があるはずだ。


 だが現実は現実。


 事実として、出入口は塞がれ、背後にはいきり立つボスモンスターの姿。退路はなく、手札を消耗した状態でこの難局を乗り切らなければならない。


 覚悟を決めるしか、無い。





<作者からのコメント>

ZakkuraBaranさん、レビューありがとうございます!




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