第二十二話 不埒な連中


 感情を伺わせない黒い瞳が、ヌルスと灰になっていく同類を観察している。


 直後、くぱりとモンスターBは大口を開き、その奥から伸縮自在の舌を砲弾のように伸ばしてきた。舌といっても太さは人間の胴体程もあり、勢いもあってまともに受ければ回廊から叩き落される。ヌルスは知らないが、この階層における冒険者の脱落原因ナンバー1の攻撃でもある。


 直接噛みつきに来なかったのは、恐らく同類を短時間で仕留めたヌルスの能力を警戒したのだろう。何も考えていないようで割と頭は回るらしい。


 が、ヌルスとてそれは同じこと。予想していたいくつかのパターンの一つに過ぎないその攻撃を、彼は想定通りに対応した。


《ふんぬ!》


 伸びてきた舌の攻撃を、人間を超える思考処理速度で認識していたヌルスは、その先端に勢いよく杖の石突を振り下ろした。思ったより硬い手応えと共に、伸びてきた舌を床に串刺しにするようにして押さえ込む。かなり強い力で舌を引っ張り戻そうとする力を感じるが、ヌルスも触手型モンスターの怪力を発揮して抵抗した。


 ギリリ、と舌を引き戻そうとするモンスターBとヌルスの間で綱引きが成立する。それはすなわち、互いに一歩も動けないという事だが……しかし、ヌルスの方は動かなくても相手を攻撃できる手段がある。


『α γ  β』


 再びのライトニングボルト。電撃に撃ちぬかれたモンスターBは、か細い悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。忽ち灰になって燃え尽きる様子を観察しながら、ヌルスはぷらぷらと手を震わせた。ちょっと電撃の余波が届いて痺れたらしい。


 他に敵影が無いかしばし残心を残して警戒していたヌルスだったが、どうやら今回のエンカウントした相手は今の二匹で打ち止めらしい。安全を確認したヌルスは、ゆっくりと燃え尽きた灰の名残に近づくと、その中から結晶を拾い上げた。素早くそれを懐に放り込み咀嚼しながら振り返る。


《む》


 だが、先に仕留めたモンスターの倒れていた場所に二人の冒険者の姿を見咎めたヌルスはわずかに緊張感を走らせた。


 冒険者はどちらも若い男。装備は貧弱……というより、小汚い。命を懸ける冒険者稼業にあって、まっとうな冒険者は装備に金をかけるものだ。自然、貧層な装備をしている者はそれ相応の実力しかないか、あるいは、まっとうではない、という事だ。無精ひげを生やし、フケの浮いた頭髪を見る限り、少なくとも身なりには頓着していないのは明らかだった。


 そして一人の男の手には、大きめの結晶が摘ままれている。間違いなく、今しがたヌルスが倒したモンスターが残したものである。


 それがどういう事か分からないヌルスではない。とはいえ、どうするべきか。


 対応に苦慮するヌルス。その様子を、何らかの抗議の意味合いによる沈黙と受け取ったのか、冒険者の男は唾を散らしながら怒鳴りつけてきた。


「な、なんだよ。人様の物にケチつける気かぁ」


 濁声な上に訛っていて聞き取り辛い。ヌルスにもし動物らしい表情筋があれば、さもめんどくさそうに顔をしかめた事だろう。まあ実際は表情筋以前に顔がないのだが。


 沈黙を貫くヌルスに、男達は勝手にヒートアップする。威嚇のつもりだろうか、みすぼらしい短剣を引き抜いてヌルスにつきつけつつ、大事そうに結晶を腰の布袋にしまい込む。


「だ、だまってないでなんか言えよ。これは俺達のもんだ」


「そうだ、そうだ。お前がモンスターを仕留めたっていう証拠でもあるっていうのか、あぁ!?」


 がなり立てる二人の冒険者に、ヌルスは内心ため息をついた。


 迷宮内では基本的に全て自己責任。証人はいないし、法の加護も届かない。であるならば、無法に走る者も居てはおかしくは無いが……そもそも、法というのは善人だけを守るものでもなく、場合によっては悪人をも守る者である。何をしてもいい、という事は、何をやり返されてもいい、という事であり、場合によっては加害者のつもりが逆に返り討ちに合うという事もあり得るという事を、どうやらこの二人は分かっていないらしい。


 この場において、ヌルスがもし人命をなんとも思わない魔術師であった場合、魔術によって自分達が殺される、という事を考慮できないのだろうか?


 無法を理由に人の戦果を横取りしつつ、自分達は「証拠が無いから犯罪にならない」と嘯くのは、少々自分だけに都合が良すぎる理論である。いや、理論ですらないか。


 かといって、じゃあ殺すか、というのはまたちょっと違う。ヌルスとしてはこういう生き物も居るんだな、というのが素直な感想だ。人の強みが個体間のバラつきの大きさであるというなら、こういう個体がいるのもまた自然である。


 ……自我に目覚めたとはいえモンスターに判断できる事が判断できないあたり、この冒険者は底辺もいい所である。


《……さて、どうするか》


 残念ながら、人間の言葉は勉強中かつ発声練習中だ。この場で交渉するのは難しい。というか、そもそも交渉が通じる手合いなのかも怪しい所。


 となると、関わらないのが一番という事になる。魔力結晶は多少惜しいが、今のヌルスであれば次を手に入れるのはそう難しい事ではない。小銭を惜しんでトラブルを引き起こすのは、損得でいえば大損である。


 それに、万が一ヌルスの正体がモンスターと看破されるのも不味い。今こうして連中がまがりなりにも攻撃してこないのは、ヌルスを冒険者だと誤認しているからだろう。逆に言えば、冒険者に擬態する事のメリット、その恩恵が正しく実証された事にもなる。


 今回は、それを成果として引き上げるべきだろう。


「な、なんだよ。何か言ったらどうだ……」


『…………』


「……あん?」


 無言のままヌルスは来た道を引き返す。冒険者二人は状況を把握し損ねてしばらく惚けていたが、やがて意味合いを悟ったのだろう。互いに顔を見合わせて、下卑た顔でその場を去っていく。その様子を確認しながら、ヌルスは頭の中で周辺のルートを再整理した。あの連中と二度出会うのは勘弁してもらいたい所であり、彼らが去っていったルートと合流しない道を通る必要があるだろう。


《やれやれ、手間をかけさせてくれる》


 正直言うと、敵意や殺意の類が沸き上がってこなかった訳ではない。特に普段抑えている人類への本能的な敵愾心は、ああいった手合いを前にするといささか抑えがたい。


 それでも我慢できたのは、以前親切にしてくれた金髪の冒険者への恩義からだ。彼らとあの盗人に何か関連性があるとは思えないが、まあ同じ人間ではある。少なくともあの金髪の冒険者は、ヌルスが悪人とはいえ人を殺す事は望まないだろう。


《それに、私が手を下すまでもないだろうしな》


 3層に来ている事からも、2層の終わりを守護するガーディアンは倒しているのだろうが、正直3層でやっていけるような手合いにも見えない。少なくとも3層は真面目に配慮し、対策を怠らない冒険者であっても時運に恵まれなければ命を落とす環境であり、いうなればそろそろ迷宮が本腰をいれて侵入者を排除し始める階層だ。他ならぬ2層で発生したモンスターであるヌルスだからこそ断言できる、3層は物が違う。それまで上手くいっていてもここからも上手くいくとは限らない。


 見た所、あの盗人は思慮も配慮も浅すぎる。早晩モンスターの餌食になるか、同業者によってしょっぴかれる事になるだろう。であれば、ヌルスが手を下すまでもない。


 それに、そんな事にいちいち煩わされるのも馬鹿らしい。ヌルスにはヌルスの目的があるのだ。


 気持ちを切り替えそれきり盗人冒険者の事を忘れると、ヌルスは迷宮の奥を目指して再び移動を開始した。





<作者からのコメント>

kazuki68さん、TYPE200さん、レビューありがとうございます!



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