第十三話 兜被り その3


 いわゆる、バケツ型の鉄兜だ。円筒形の側面に、Tの字でスリットが入っている。冒険者の間でも、特に前衛で防御を務める所謂タンク職に愛用されているタイプの形だ。


 それだけだったら、まあ可能性は低いが誰かの忘れ物、という見方もできなくはない。だが、その視野確保用のスリットに枝が差され、その先端にキラキラ光る触媒がくくりつけられているとなると、少し話が変わってくる。


 魔術の触媒はただでさえ高価だし、迷宮の中においては魔術師にとって命綱だ。それをわざわざ鉄兜とセットで置き忘れるなど、まずあり得ない。


 間違いない。あれが噂の兜被りだ。


「マジかよ、ほんとにいたぜ」


「……ここの池の管理はどうなってるんだったか」


「朝晩に、依頼を受けた冒険者がエサ遣りに。んで、三日に一度、冒険者を護衛に店員が収穫に来る。スケジュールはかっちり決まっていて、メインルートから外れてるから俺達みたいなもの好きじゃなければ見に来ない。結構賢いな、あいつ。偶発性を考慮してない辺りちょっと抜けてるけど」


「そうだな。私達が思っているよりもかなり賢いかもしれない。……これ、聞こえるか。何かささやいている……まさか呪文の詠唱か?」


「まーじか。練習する魔物なんて聞いたことないぜ……」


 アトラスの言葉どおり、兜被りの方から布を擦り合わせるような音が聞こえる。よく耳をすませていると、音としか言えない中に、時折意味ありげな言葉が混じっているように聞こえる。


『sy a rfa ar be ta a』


 触媒をくくりつけた木の枝……もしかして、杖のつもりなのだろうか……を振り振りしながら、囁くように詠唱する鉄兜。が、上手くいかないらしく囁きは途絶え、くたり、と木の枝も落胆を示すように傾いた。が、しばらくするとやる気を取り戻したように、再び枝を揺らしながら発声を始める。


 今度は少し、さっきよりも上手になったように聞こえる。


 アトラスはますます興味が沸き、気づかれないようにこっそり、抜き足差し足で兜被りの後ろに近づいた。クリーグはそのまま後方待機だ。隠密技能は彼の方が高いが、彼はガチャガチャ音のするアクセサリーが多い。流石に気が付かれてしまうだろう。


 背後からゆっくり近づきながら、兜被りの様子を観察するアトラス。いくらなんでも頭だけのリビングアーマー、という事はないだろう。見た所、使い古された兜のようであるし、どこかで拾ってきたのを被っている、といった感じだ。


 中に何かが居るのは間違いないが、一体何が居るのか。呪文の詠唱をしているということは、スクロールも内部にしまっているはずだ。そうなると、想定していたよりもかなり小さいように思える。


 迷宮内にそういった小型モンスターがいない訳ではないが、彼らはモンスター間の食物連鎖ではかなり位が低く、冒険者以前に他のモンスターから狙われやすい為、数の割に人前に出てくる事は少ない。もしかすると、身を守るために兜や籠手を被るようになった特殊個体なのかもしれない。


 そのあたりは探索に出る前に想定していたが、やはり想像と実際に目にするのでは、印象が違う。なるほど。確かに、この兜被りからはこう、危険な感じ……血の匂いや獣臭さといったモンスターらしい感じが全くしない。初心者が迂闊にも追い回す訳だ。


 観察している間にも、兜被りは呪文の詠唱を繰り返している。よく聞くと、兜で音が籠ってしまうのが上手くいかない理由で、発音そのものはできているらしい。多分、兜を外して詠唱すれば問題なく発動できるのだろうな、とアトラスは想像した。実際に魔術師も、そういった事情で兜の類をつけるものは多くない。


 ごくごく稀に、鎧兜を着こなした上で魔術を使いこなす、いわゆる魔法剣士が居るが、あれは無駄に有り余った才能を間違った方向に発露している一例ともいえる。そんな事できるなら魔術に専念して宮廷魔術師にでもなればいいのだ。


『a α γ ve ve r』


 惜しい所で発声に失敗したようだ。あと少しだったのに、とでもいうように、兜を小さくゆすって身もだえしている兜被り。その様子がどうにも、人間の小さな子供のように見えてアトラスは少し心が和んだ。実家に残してきた末の弟を思いだす。


 間を置いて、再び呪文の詠唱が始まる。失敗したとはいえ、さっきは良い感じだった。その流れを上手く掴んだのか、こんどの詠唱は今までで一番流暢だった。


『α γ    β』


 きゅぃい、と触媒の宝石が黄色く輝く。


 直後、小さな稲光が、池の上をつっきり、反対側の壁に撃ち当たって一瞬だけ空洞を照らした。


 雷の矢(ライトニングボルト)。


 攻撃魔術の中でも初歩の一つ。小さな電撃を放つというシンプルな魔術だが、電撃故金属製の鎧兜を貫通し、発射と着弾がほぼ同時という特性から、侮れない攻撃魔術だ。一方で、皮鎧等を装備している相手には通りが悪い、発動を読まれると剣などを囮に軌道を逸らされる、等の難点もある。


 金属製の防具で固めている冒険者には厄介な魔術だな、という危機感が一瞬アトラスの脳裏をかすめるが、兜被りの様子を見ると多分、それは杞憂だと思われる。


 兜被りは魔術の成功に、杖を旗のように振り回して喜んでいた。兜を左右にゆさゆさと揺さぶり、終いにはぴょんぴょこ跳ねて成功の喜びを露にしている。よっぽど嬉しかったのだろう。噂でもしょもしょ喋っていたと言われていたのが魔術詠唱の練習だったなら、並大抵の努力の結果ではない事は伺い知れる。


 その様子を見ているとなんだか嬉しくなって、アトラスは小さく拍手をした。その手拍子に合わせて、ぴょこぴょこと兜被りの体が揺れる。


 と。


 不意にギチリ、と兜被りの動きが固まった。そのまま、固まった油でギトギトの歯車のようなぎこちない動きで振り返る。その視線? の先には、小さく手拍子を続けるアトラスの姿。


 アトラスは悪びれもせず、手拍子を収めると端的に感想を告げた。


「おめでとう、見事な魔術だった。君は魔術師なのかい?」





<作者からのコメント>

シャーロットさん、レビューありがとうございます!







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