第十一話 兜被り その1
「兜被り、って知ってるか?」
ある日の事。
駆け出し冒険者のアトラスは、行きつけの食堂で相棒兼指導者のクリーグと昼食を待っている所だった。
配膳が届くまでの待ち時間の間、暇を持て余した赤髪の冒険者は様々な与太話を語ってくれるのが常であり、それはアトラスのひそかな楽しみの一つである。その日も常のようにクリーグから切り出された噂話に、表向きさして興味が無い、という風に曖昧に頷きながらも、彼は話に耳を澄ませた。
「兜被り? 新種のモンスターの名前か?」
「新種、かどうかはわからないがな。最近、2層や3層で話題になってる」
「ふぅん……?」
水を口に運びながら、チラリ、と周囲の席の様子を確認するアトラス。
まだ昼には少し早い時間という事もあって、店内の席には空きが目立つ。とはいえ、昼から酒を飲んで騒いでいるもの、部屋の隅でむっつりと食事を口にしている者、個性豊かな冒険者の姿が散見される。
いつ、どんな風に誰かが耳を立てているか分かった物ではない。とりあえず、話を盗み聞きしていそうな相手がいないのを確認してから、アトラスは対面のクリーグに視線を戻した。
「で、なんだい? その兜被りっていうのは」
「名前のまんまさ。鎧兜だったり、あるいは籠手だったり。そういう鎧の一部に潜んで迷宮の隅を這いまわってるモンスターらしい。攻撃的じゃないらしく、冒険者に発見されたと認識すると一目散に逃げていくんだそうだ」
「へぇ。……攻撃的じゃないのに噂になってるって事は、何か面白い特徴でもあるのか?」
冒険者の遺品を纏うモンスターは、別に珍しくない。迷宮内で力尽きた冒険者の遺体が魔素を浴びて魔物化する事もあれば、そうして魔物化したものが迷宮に学習されて複製として出現する事もある。トロフィーのように、仕留めた冒険者の武器を装備するモンスターだっている。その兜被りとやらが話題になるのは目新しい他にもそれ相応の理由があるはずだった。
「ああ。それがな、そいつモンスターなのに魔術触媒やスクロールを持ち歩いているらしいんだ。別に人間に魔術を放ってくる訳じゃないんだが、追いかけまわすと時折、そういった物を落としていくらしい。2層や3層をうろついてるのなんて駆け出しのぺーぺーばかりで、いつもお金に困っているからな。ちょっとした宝探し気分で話題になってるのさ」
「気持ちは分かるが、少し不用心過ぎないか、それ。触媒とスクロールを両方持っているの、普通に危ない気配しかしないが……」
触媒は多くの場合宝石であり、スクロールも羊皮紙である。それらはそれ単体ならば何の害も無いが、才能ある者がその二つを手にした結果起きる現象は言うまでもない。それを、よりによってモンスターが揃って持ち運んでいるというのはいかにも、だ。
「ああ。なんだかモゴモゴ呪文の詠唱の真似事みたいな事をしていた、って言う奴もいる。もし、新種の魔術を使うタイプのモンスターだったら危ないからな、ギルドでも調査が終わるまで迂闊に刺激しないように、って通達してるらしいが、まあどいつもこいつも言う事を聞かないらしい。幸い、兜被りは数が少ないか、あるいは単体の突然変異モンスターらしく、遭遇報告そのものが少ない。そうそうやばい事にはならんと思うが」
「随分と詳しいな。またギルドのお嬢さんに迷惑をかけてないだろうな?」
半眼で赤髪の冒険者をねめつけるアトラス。この先輩冒険者が、美人で有名なギルドの受付嬢に入れ込んでいるのは周知の事実だ。事あるごとに長話をし、隙あらば食事や買い物に誘おうとするクリーグをすげなくあしらう様子は、最近ではもはや風物詩になっている。パーティーを組んでいるアトラスとしては恥ずかしい事この上ない。
「へへっ、まあな。でも割と女性職員に兜被り人気なんだぜ。なんか可愛らしい、ってな」
「可愛らしいか……? 中身が何なのかわかったもんじゃないだろ。どうせ小動物型モンスターか、触手型モンスターじゃないのか?」
特に後者は、腐肉に集う性質がある。中身の残っている籠手や兜に潜り込んで、そのまま動き回っているというだけの話ではないだろうか、とアトラスは思った。正直、グロイと思う。ただ、それだと触媒やスクロールを持ち合わせている事の説明ができないが……。
「いやなあ、それが目撃者曰く、こう、逃げるときにちょこちょこちょこ……って感じでふらふらしながら逃げていくって話でな。足は速いんだがなかなか愛嬌がある感じらしい。あと追いかけなかったら普通にリアクションも返すらしいしな。遠目に見かけて手を振ったら、被ってる籠手を振って挨拶を返してきたらしい」
「へえ……」
「お。ちょっと興味が沸いた感じか?」
「ま、まあ、人並みに、な。話題になっているという話だし。……それに、私の目的の助けになるかも知れないしな」
目的。
アトラスは、ただの冒険者ではない。正確には、冒険者としては数多くいるうちの一人でしかないが、彼はある目的を達成する為に迷宮に潜っている。他の多くの冒険者が、名誉や成功、金を目当てに迷宮に潜るのに対し、彼は冒険の成果をもって成すべきことがある。
アトラスは、ある地方領主の嫡男だ。しかし、父親である領主は単純に長男に領土を引き継がせるのではなく、それを望む者に試練を課した。その試練とは、世に冒険譚として伝わるような偉業を成せというものである。曰く、竜退治。曰く、オーガの討伐。曰く、迷宮踏破。
アトラスはその偉業として、迷宮の踏破を選んだ。そしてその為に、さほど難所ではなく、しかし今だ踏破されていない巣窟迷宮エトヴァゼルを選んだ。
エトヴァゼルは、数ある迷宮のうちの一つでしかなく副産物もさほど美味しくはないが、それでも迷宮踏破は大きな偉業だ。竜だのオーガだの、実在するかも定かではない人知を越えた怪物の首を狙うよりは、よほど現実味がある。それに多くの冒険者は、迷宮探索のノルマによって得られる報酬と、魔物のドロップ品の売買だ。危険な地下深くに潜っていって命を危険に晒すより、低階層を巡回した方が安全に日々の糧を得られる。そういった事情から本気で、迷宮の完全攻略を狙う者はそれほど多くない。
そんな訳でライバルが多くない事も、アトラスがここを選んだ理由の一つだ。ちなみにクリーグは、そんな課題を出した父親が付けてくれた護衛だ。過保護なのか厳しいのか、息子ながらよくわからない所のある父親である。
まあそんなこんなで迷宮攻略を目指しているアトラスだが、あくまでそれは吟遊詩人の話題になるような偉業として、狙っているにすぎない。もし他にも、偉業として語られるようなイベントがあればそっちに乗り換えるのも当然の選択肢だ。
迷宮の中に突如現れた不思議なモンスターの噂。もしかすると何かしら、大きな出来事の予兆かもしれない。無駄骨だったとしても、最近攻略に行き詰っている中、気分転換にはなるだろう。
アトラスが乗り気になったのを見て取って、クリーグが悪そうな笑顔で笑う。
「へへ、そういう些細な可能性も疎かにしない所、俺は気に入ってるぜ。じゃあ、早速昼から潜ってみるか?」
「そうだな。……だがその前に、腹ごしらえ、だな」
「はーい、お待たせしました。メクラウオのパン粉焼きですよー。熱いうちにめしあがれー」
そばかすの目立つ女性店員が、ごとりと二人の前に皿を置いてさっていく。パン粉で包んだ魚の切り身をオーブンで焼いて仕上げた、この店の目玉料理の一つだ。魚は、3層の地底湖の一部で養殖されているものだという。周辺に湖も川もない街で魚料理が食べられる工夫という奴だ。まあ、その地底湖の底には大量の人骨が沈んでいる訳だが……。流石に、飛び地ならぬ飛び池になっているところで養殖しており人肉を食べている可能性はないらしいが、なかなかこう、思い切った事をしているとアトラスは素直に思った。
あるいは、迷宮という要害を抱える街の生きていくための代償、という奴なのかもしれないな、とアトラスは湯気を立てる料理を前に深刻そうに眉を潜めた。
クリーグが呆れた声を上げる。
「何考えてるんだかだいたいわかるけどさあ、こんな時にまでアレコレ考えなさんなって。ほら、早く食べて迷宮いくぞー」
「あ、ああ」
ちなみに、名物だけあって味はかなり良かった。
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