第四十一話 キラーキ村②
「ご飯、やっぱり取りに行くよ。音立てるとシスターの邪魔になりそうだし」
「おお、そうですか。では、私の家に来ていただいてもよろしいかな」
「うん。日が沈む頃にお邪魔するね」
「では、また後ほど。どうぞゆっくりしていってくだされ」
会釈を残し、老人は村の中心部へと歩いていく。田畑か家畜かを見に行くのか、村民の顔でも見に行くのか。いずれにしても現状害は無いので、村長のことは思考の隅っこに追いやる。
家こそまとまってはいないが、住人同士の交流はきちんとあるようだ。井戸端会議をしている様子も、他所の家の男同士で畑をいじっている様子も見て取れる。観ている限り、関係が希薄な村というわけでは無さそうではある。
「……」
まだ、子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。
◇
陽が沈み始め、少しばかり空気が冷えてきた。広々とした道をさくさくと歩み、目的地にてノックを二つ。ほどなくパタパタと忙しない足音と共に、目の前の扉が開かれた。
「冒険者さん、こんばんは。よくおいでくださいました」
「こんばんは」
「もうすぐ準備ができます。お待たせして申し訳ない、外は冷えるので中でお待ちいただけますかな」
「ありがと。お邪魔します」
促されるまま、室内にするりと滑り込む。村長宅は、先ほど来た時と変わりはない。室内としての変化は、調理場からの食事の匂いと仄かな温かさに満たされているくらいだが、調理場に立つ老人の横に若い女性の姿がある。どこかで見覚えが、と記憶を辿り、村へ来た時に出迎えてくれた女性と一致した。
案内された椅子に腰かけてその様子を見守っていると、ふいにその女性が振り向いた。食事の準備が終わったようで、トレイの上には器が三つ。汁物と、ライ麦パンと、飲み物だろうか。手慣れた様子で歩くその顔が、マスダを見止めた瞬間に少しばかり固まる――が、マスダが何も反応を示さなかったからか。不器用な笑みを浮かべながら、硬い声が言葉を紡いだ。
「お待たせしました、冒険者様。粗末なもので申し訳ありません」
「助かるよ、ありがとう」
強張る腕からトレイを受け取る。飲み物は、昼間と同じ苦みの強い香りのする謎の茶。汁物は薄く切られた野菜と申し訳程度の肉が溶けそうなほどに煮詰められたもので、食べるまでもなく味が薄いことが分かる。粗末、と言われれば首を横に振れはしないが、冒険者業やその他業務の中では数日飯も水も口に出来ないことも珍しくない。それに比べれば御馳走に等しいと言えるだろう。
食べていくか、という村長の誘いを断り、お暇しようと扉に手を掛けたところで、
「……」
女性の口がマスダを呼び止めたそうに少し開き、しかし言い淀んで、結局は言葉を飲み込んだようだ。キイキイと寂しい音を奏でる扉が閉まり切るまで、女が再び口を開くことはなかった。
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