第十話 相方
「亭主殿もヤな起こし方するよね」
寝癖を見事に復活させたマスダが、鳥の巣染みた頭を抱えながらカウンターに突っ伏す。
「起こしてほしいと言われたのでね」
「それにしても、ガラス引っ掻くような音をでかでかと響かせなくても良いじゃん。鼓膜死ぬかと思った。……シクストの入れ知恵だろ」
バーの中には店主であるバーテンダーと、マスダ。その隣で、シクストと呼ばれた銀髪の目立つ長身の男が、カクテルグラスにおさめられたルビーの液体を呷る。昼頃にマスダがその名を口に出した男だ。
「寝坊助に困ってたから放っておけなかったんだよ。お前の部屋以外には聞こえないようにしておいたから安心して」
「善人ぶりやがって……」
白銀の前髪が掛かる空を映したような瞳が態とらしく微笑むので、それを視界の端で捉えたマスダは小さく舌打ちを漏らした。
「まあいいや。依頼書見た?」
「見たよ。報酬1500Rね」
「ひとり750Rだよ。シクストならもっと釣り上げられるだろ」
「不満があるなら自分でしなよ。僕はあの魔法書分けてもらうから、お金は要らない」
「えー……どうしよっかな。あ、亭主殿。オレンジジュースお代わり」
「はいはい」
ほとんど氷だけになったグラスを押しやる。訳アリゴブリン退治で、1500R。この程度で面倒くさい依頼を受ける冒険者だと思われても面倒くさいが、まあそうなったらなったで断ればいい話でもある。
「それより、遣いとはいえ貴族相手だ。自己紹介くらいちゃんとしなさいね」
「お母さんかよ」
「君を生んだ覚えはないよ」
「そりゃそうだ。……そうだねえ」
注ぎ足されたオレンジジュースをずるずると吸い上げながら、視線を宙にやる。いかにも面倒くさそうな顔をするシクストをちらりと見やって、
「こんにちは、俺はマスダ! 白の薄氷亭所属――まあ、所属か。所属の冒険者です! 特技は隠密行動、鍵開け、罠の解除とあと暗殺。そしてこっちは相棒のシクスト! 魔術師!」
「相棒になった覚えはないよ」
「じゃあ相方!」
「それも違うでしょ」
はあ、とひとつため息を吐きながら、シクストは空になったグラスを置く。
「白の薄氷亭で依頼契約できたと思ったら、出てくるのがチンピラ染みたアホちゃんって。依頼人泣くんじゃない」
「誰がチンピラだ、誰が」
「アホちゃんは否定しないんだ。亭主はどうだった、今の自己紹介」
「シクストにやり直してほしいな」
「えー」
「僕だっていやだよ、面倒くさい」
軽口を叩き合う二人を眺めながら、バーテンダーは一人密かに微笑む。互いにとても馬が合うとは思えぬ性質をしているが、実態はこれ。白の薄氷亭にいるまともじゃない冒険者の中では、比較的平和な関係性を築けていると言っていい。今回のようなきな臭い依頼だけではなく、それこそ龍退治だとか吸血鬼討伐だとか、明らかに命を脅かされるような依頼も連れ立って熟してきたからだろう。……いや、それでもなお犬猿の仲だったり、一切関心を向けないような組み合わせの方が多いけれど。
「ま、相方のためだ。追加報酬もらえるようにちゃんとやるからさ」
「不安しかないな。黙っててくれた方が良いかも」
「そう言われるといくらでも喋りたくなるよね」
「うーん最悪」
「まあまあ、……あ、そろそろ来るんじゃない」
何か音を聞き取ったらしいマスダ(言い合っている間に整えたのか、気が付けば髪はそれなりに整えられている)の声に、時計へ目をやる。依頼人が再訪すると言った時刻が間もなく迫ろうとしていた。
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