第十一話 依頼人
カランと軽やかな鈴の音が鳴る。バー/冒険者ギルドの扉が、開かれた音だった。
「ようこそいらっしゃいました、お客様」
バーテンダーの声が客人を迎える。
扉を開けたのは、身なりの良い長身の男だ。すっと伸びた背筋は一見細身に見えて、その実それなりに鍛えられていることを感じられる。生真面目さを表すような所作で一礼し、静かに店内へと足を運ぶ。
「アクエルの名で依頼を出したのですが――貴方が今回依頼を受けてくださるマスダ様、ですね」
依頼にサインをして契約が締結された時に、合図と共に名も伝わったのだろう。少し視線がうろつきはしたもののシクストと取り違えなかったことに、マスダは素直に感心した。或いは
「うん。こっちはシクスト。追加でサインしたから問題ないでしょ」
記名部分を指さしながら、依頼書を差し出す。雑に踊るマスダの名の上に、速記のような筆跡でシクストの名も刻まれている。一瞥してそれを確認した男はこくりと頷き。
「確認いたしました。マスダ様とシクスト様、ですね」
「まずはお掛けください、お客様」
「ああ、失礼しました」
自身は座ったまま、依頼人は立たせたままに話を進めようとするのを、バーテンダーが制する。示されたカウンターチェアに腰掛けながら、依頼人の男は改めて三人へと向き直った。
「では、詳細をお話しさせていただきたく。……このまま続けても?」
「ええ、人払いはかけております。私は席を外しましょう。ごゆっくり」
三人の前にそれぞれティーカップを置いて、バーの主人は店の奥へと姿を消した。
これで、店内に残ったのは依頼人と冒険者のみだ。
「失礼」
男が胸ポケットから取り出したペンダントを振ると、先端で揺れるエメラルド色の石が小さく光を放った。途端、耳を刺すような静寂が訪れる。
「何それ」
「魔法石でしょ。周囲に防音と簡単な認識阻害の結界を張る魔法が込められてる。僕たちが話す内容は聞こえたとしても他愛のない会話だと認識されるってね」
「……瞬時にお分かりになるとは、流石でございますね」
「どうも。じゃあ、仕事の話だ。後はよろしく」
「はーい」
シクストに促され、マスダは頬杖を解いて依頼人へ視線を向ける。
「まずは依頼の整理をしようか。内容は、小屋に住み着いたゴブリンの討伐。依頼書にあった地図的に、場所はハルラックと海辺の街オリトニアの中間あたり。報酬は1500R」
「ええ、相違ございません」
「……」
あちらから詳細を答える様子は無い。依頼をする側なのだから、素直に言えば良いのにとは思うが、よくあることだ。一定以上の評価を受けている冒険者ギルドへの依頼とはいえ、初対面の冒険者というのはなかなか信頼を得難い。
しかし嘘を吐くつもりも無いだろう。熟練冒険者と呼ばれる立場として、きちんと話を紐解けば、答える。そうして力量をも測っているのだ。上に立つ人らしいねえと内心零す。
「ちなみに、依頼料上げる気ある?」
「上げる、と申されますと」
「倍額。プラス、依頼書で使ってた魔導書? ってやつ。貰えるだけ」
「不足していると思われたのであれば、私の不徳の致すところですね」
「安心しなよ、それでも破格って思わせてあげる」
にこ、と笑みを浮かべる。後ろでシクストが小さくため息を吐くのが聞こえたが、交渉に手を貸すつもりはないようだ。
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