第二章、あるいは長期休暇と送迎依頼

第十九話 青鳥の止まり木にて

 ハルラックの街、若葉風通り。


 青鳥の止まり木、の文字が躍る鳥を象った看板。大衆居酒屋然とした佇まいのその建屋は、しかし正に「朝」と呼べる現在時刻でも中から楽し気な声が聞こえてくる。

 安い、量が多い、美味いと三拍子揃ったこの店の食事は、酒を飲む時間でなくとも需要が高い。ところどころに空席はありながらも、モーニングを貪る者である程度の賑わいを見せていた。


 しかしただの食堂兼居酒屋ではない。冒険者ギルドが他の区画より多く並ぶ若葉風通りで、青鳥の止まり木もまた冒険者ギルドの一つとして名を連ねている。

 客からは少し外れた壁際で、あれこれと飾られた依頼書を眺める冒険者がひとり。


「猫探し、猫探し、犬探し……やっぱり、ペット探しの依頼は常に溢れているな」


 頭上でひとつに束ねた濡羽色の長い髪を揺らしながら、冒険者はひとりごちる。そのすらりとした長身と低めの声色から発せられる口調から一見男性的でもあるが、そこそこ珍しいようで最近では珍しくも無くなってきた、女性冒険者である。


「……ん?」


 駆け出しから中堅辺りの冒険者の集うこのギルドでは、あからさまに怪しかったり危険だったりといった依頼は管理者によってある程度弾かれている。そのため高額な依頼の割合もまた少なく、ある程度信用のおける者からの護衛依頼や、危険度の少ないモンスター討伐依頼というのが狙い目であり、ギルド内では常に取り合い――要は、早い者勝ちとなっている。

 もちろん毎日そのような狙い目の依頼が来る保証もない。今女冒険者が眺めているように稼ぎというには依頼料があまりにも悲しい依頼や、信用はおけるがちょっと首を突っ込みたくないような依頼しかないことだってある。

 今日はスカの日だろうか。そう思いつつも日課のため、隅から隅まで目を通していると。


「……親父さん、これなんだが」


 掲示板から取った一枚の依頼書を持ち、オーダーを捌ききって一休みしているこの店の管理人――通称「親父」に声を掛けた。


「ああ、リード。その依頼を受けるのか?」

「まだ決めかねているのだが、少し気になって」


 空いたカウンター席に腰を掛け、依頼書を親父に向ける。記載された内容は、要約すれば「遺跡調査の護衛」だ。

 ただの護衛であれば美味しい依頼だが、遺跡調査となると難易度が上がる場合が多い。既に調査済みで人の手が散々入った遺跡であれば大した脅威ではないが、わざわざ冒険者に護衛依頼を出すのだ。未知を求めて、未踏であったり未踏に近かったりといった遺跡へ赴くことが殆どである。

 そういった遺跡はたいてい、余所者や悪党を弾くためにあちらこちらに罠が仕掛けられているものだ。足を引っかけたらナイフが飛んでくるもの、スイッチを踏んだら何かが爆発するもの、壁がせり出して来て侵入者を押しつぶそうとするものエトセトラ。それだけでなく、奥へと進むためには魔法で仕掛けられた"仕組み"を解読なり解除なりしないと進めない場合もある。リドルに挑戦させられたり、パズルを解かされたりと。


「その依頼か……」

「遺跡調査、以外にも何か問題があるのか? 信用のおけない依頼人だとか」

「うーむ、ウチに何度か依頼を出している依頼人ではあるんだがな……。どうにもきな臭いというか、気になってな」

「でも掲載は許可したのだろう?」

「掲載料を弾んでくれたもんで」


 いくら駆け出しから中堅程度向けのギルドとはいえ、親父にとっては商売だ。あんまりにもあんまりではない限り、金は正義である。あくまで掲載するにあたり発生した金であり、仲介料や依頼の前金ではない。冒険者が誰も受けないというケースでも返金とはならないし。


「……それはまた、怪しいな」

「だろう」

「んん……」


 怪しい。怪しいが、しかし掲載料だけでなく、依頼料もそれなりに良い。

 ようやく中堅に手が届き始めたリードのパーティにとって、この「1000Rリーン」というのはかなり大きいのだ。200~300R程度を安定して稼げる雑魚討伐やちょっとした護衛といった無難な依頼は争奪戦に負けることも多々あるし、負けたら10~20Rくらいのペット探しに甘んじることも多々あるし。おかげでこのギルドへのツケの完済には、まだ時間が掛かりそうな状況である。


「ちょっと、他のメンバーに相談してきても良いか」

「どうせ誰も受けんだろうし構わんよ。……ああ、だがアイツは今日まだ来ていないが」

「それも含め、考えたいことがあるんだ」

「……そうか。まあ、後悔せんように話し合うんだぞ」

「ああ。じゃあ、行ってくる」


 依頼書を手に立ち上がり、奥の階段をぱたぱたと上がっていく。どうなることやら、と親父は人知れず小さくため息を吐きながら、駆け出し冒険者の頃から随分と成長し、頼もしくなり始めた背中を見送った。


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