第三十三話 依頼完了

 リードもそろそろ休むと了承してくれた。ベッドに入るなり早々に眠りに落ちたことを確認すると、入れ違うように他の台からシーツの擦れる音がする。

 ううん、と呻くような声と共に起きたのは、カディナだった。


「……あ」

「おはよ」

「お、おはようございます」


 どこか恥ずかし気に髪を手で梳く様子を眺めながら、腰を掛けていた椅子から立ち上がる。


「調子は? 問題ないなら、俺はそろそろハルラックに戻ろうと思うんだけど」

「おかげさまで、大丈夫です。ベッド、ありがとうございました」

「いいえ」


 寝ている他の仲間の妨げにならぬよう、囁くような声色で会話が紡がれる。


「ごめんなさい、全然力になれなくて」

「いーえ。あんたのお陰で助けられたよ、ありがと」

「え、……あ、いえ。わたしこそ。守っていただきありがとうございました」


 深々と頭を下げる。おかしな子だなと思った。依頼を受けたのがマスダでなければ、あそこまで派手な巻き込まれ方はしなかったというのに。


「……ハルラックに戻りましょう。馬車、乗れますよね。あの方はお待ちしなくて良いのでしょうか」

「あの方……ああ」


 シクストのことか、と心の中で呟く。名乗ることも無く別れたらしい。依頼も一日限りで金額以外は大したものではなかったし、その場での契約だったので、名乗る必要は無いと判断したのだろうか。理由はマスダには想像しかできないが、まあ漏らしてやる必要も無いかと黙っておくことにした。


「あいつなら勝手に帰ってるから、良いよ」

「そう、なのですか?」

「うん」


 実際のところ、ハルラックに戻ってるのかまだこの街にいるのか、はたまた他所へと旅立ったのかも分からない。しかし黙って消えたのだ、待っていなくて良いと判断して問題ないだろう。


「……では、帰りましょうか」

「うん。よろしく」


 シーツを整えて部屋を出るカディナに続き、マスダも宿を後にした。



    ◇◇



「ただいまー」

「おや、随分遅いお帰りだね」

「まあね。……あれ、怒ってないの亭主殿」


 受けていた依頼の完遂予定から、丸一日以上が経過している。そもそも深夜にシクストに忠告された通り段取りすら違えたのだから、それはもうチクチク言われても仕方ないだろうと予想していたのに反し、グラスを磨く亭主の表情はご機嫌なようにも見えた。


 本来ならば、違ったのだ。

 マスダの手元には二つの依頼書があった。共に目的は「ローザイド家次女の誘拐」であったが、一方は文字通りの誘拐。もう一方はその誘拐に対する対抗としての誘拐。成し遂げたのは、無論後者の方。

 本来の依頼主もまた、ローザイド家ではない。ローザイド家が必要なのか、はたまた恩を売りたいのか。事情は深堀していないが、とにかくカディナが誘拐されて取引材料にされることを防ぎたいとしていた。

 マスダが両方の依頼を受けたとはいえ、本物の誘拐依頼の方を受けた者が他にもいないとは限らない。マスダの仕事は、カディナをローザイド家から攫おうとする者の排除だった。なので依頼中は移動ついでに同業者を消すお仕事もこなしていた。

 例の家にいた依頼人たちは、本来の依頼人たちにカディナを届けたあとで、協力して殲滅する予定となっていた。恐らく、シクストも殲滅に際する依頼を受けていたのだろう。わざわざフォローをしてくれたのも、彼自身が関わっているからとなれば納得できる。


「彼の御令嬢をご自宅まで無事エスコートできたようだね。偉い偉い」

「……あー」


 カディナは疲労こそ存分にさせたが、(肩から落ちたときにできているであろう痣以外は)怪我させることなく家に送り届けた。おまけに、何故かカディナからマスダとシクストへの言及もポジティブなものばかりで、依頼主たちは多少の段取りの違いは良しとされたらしい。家に帰すのが遅れたことが問題視されていないのは謎の残るところだが――これも、同じ依頼を受けていたのであれば、シクストの仕業だろうなと想像がつく。


「彼女には随分気に入られたようで」

「へえ。あ、エールとフライドチキンください」

「相変わらずだねえ。畏まりました」


 あまり興味のなさそうな様子のマスダに、亭主は内心で苦笑する。

 カディナは突如現れた冒険者二人――とりわけマスダに好意的な印象を持ったようだった。

 命が脅かされて、救われた。部外者から見れば、どう考えてもマッチポンプです本当にありがとうございました、というようなものだが、当人にしか分からない心の動きもあるのだろう。所謂ストックホルム症候群と呼ばれるものであるかもしれない。

 今は本当は誘拐犯じゃなく守る側であったと知ったわけで、第一印象とのギャップは猶更大きくなっているだろう。勘違いのような感情を抱いてもおかしくはない。


 どのような理由だろうと、宿を預かる亭主からすれば、没落したとはいえ未だマジックアイテムを多数所有する貴族の令嬢が、所属しているに等しい冒険者に対して好印象を抱いている、というのは美味しい状況でしかない。機嫌も良くなろうというものだ。


 とはいえ。


「ほぼ収穫なかったな……」

「何をしに行ったんだい、君」

「えー……仲間を助けに?」

「道理で時間が掛かったわけだ」

「はは」


 動きの鈍い左手をひらりと振るのを見れば、呆れてため息を吐きたくなるのもまた、事実だった。



――差し引き2000Rを失った……。

——称号『麻痺:左腕』を手に入れた!

——称号『ローザイド家令嬢との面識』を手に入れた!


 

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