第四十話 キラーキ村①
見た目にそぐわず重い音を立ててゆっくりと閉じた扉を背に、村を観察する。頂点あたりに座していた日は徐々に傾きを見せ始めていた。暫く散策する間に、赤く色を変えだすだろう。とはいえ、まだまだ時間として遅くはない。村長宅を指さして教えてくれた子供たちが、場所を変えずに遊んでいるのも視界の端に留まる程度には。距離の問題で、向こうがマスダに気が付くことはないだろうが。
小さな村だが、広さはそれなりにある。家々が連ねずにぽつぽつと建っているので、余計に広さを感じさせた。余地を埋めるようにして、村の中央付近に大きな畑があり、他にも個人で管理しているらしいものがそれぞれの家の付近に存在している。土壌が豊かであれば、村の食糧として十分な収穫が期待できそうだ。小規模ながら牧畜もやっているらしい、風が木々を揺らす音に混じり、家畜の鳴き声が聞こえてくる。――とはいえ、年中育つ作物ばかりでもなし。外との関わりを一切断つには至らないだろう。
周囲を見渡す内、一番近くの家の向こうから人の気配が近づいた。間もなく、軽い音と共に扉が開く。
「ああ、冒険者さん。先ほどぶりですな」
「どうも」
先ほど別れたばかりの老人に挨拶を返す。老人、と呼んで差し支えない外見と声色だが、衣服から手足にはそれなりの筋肉を感じさせる。草土を踏みしめる足取りもしっかりと慣れたもので、彼が暮らしにまつわる作業に日頃から関わっているだろうことをマスダに推測させる。
「聖女様は、ああ、もう中ですか」
聖女様。いち修道女である彼女には大仰な呼び名だ。
しかし否定する必要もあるまい。マスダはそのまま会話を紡ぐ。
「うん。一晩中かかるから、用があるなら俺が預かるよ」
「いえいえ、このような村に来て、祝福を捧げていただけております。それで十分ですよ」
「そう」
トーリス曰く。村に教えを広めたい感心な村長だという。成程、話し振りは敬虔な信徒のように思わせるものだ。
「何も無い村でしょう」
話題が切り替わる。
何もない。確かにその通りだ。
「……まあ、そうだね。子どもは元気そうだけど」
「彼女たちが健やかに育ってくれていることが何よりの誇りですな。それも、この村だけでは成り立たぬ。我々の育てた作物と他所で摂れる食糧を交換して、時には日帰りの仕事との引き換えにいただいて、そうして命を繋いでいる。……星光教会の方が訪れてくだすったのは、真に幸運でした」
やはり、この村単体でやっていけているわけではないらしい。納得し、合間に適当な相槌を打ちながら先を促す。
「説かれたお教えを聞き、感銘したものです。この地方で暮らしているので少しばかりの知識はありましたが――真理を知るには無論、至っておりませんでした。星光に祈りを。この地に赦しを。私如きがひとりでは、この広い村にご加護をいただくには贅沢が過ぎましょう。しかし教えを広めるには、わたしには知識が浅く、少なく。それで訪れなさった皆様が帰られる折にお願いをして、来ていただいた次第です」
「そっか。その人たちは急ぎの用でもあったのかな」
「ええ、お急ぎ出逢ったご様子で。わたしがもう少し早くお話しできていれば、こうして何度も足を運ばせることも無かったのでしょうが。ですがこうして、この村のことを知る方がまたふたり増えたことは喜ばしいことです。我々はお二人を歓迎しております。……依頼をしている身で、今更の話ですね」
「そう。シスターも喜ぶと思うよ」
知らないけど。内心付け加えつつ返せば、老人は微笑みを浮かべて見せた。
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