第三話 依頼開始

 23時を目前にして。

 ハルラックに複数存在する門の内、西門前にてクレアは深呼吸をした。傍らでは荷台を引く青鹿毛あおかげの馬が、落ち着いた様子で闇に溶け込もうとしている。


「……姉さん」

「ユリア……っ」


 クレアの元に、一人の少女が忍び寄る。

 少女――ユリア。クレアの妹の一人で、コルトセオ家から”御神体”を盗み出し、今の今まで身を潜めていた。生命感知のアイテムで命があることは認識できていたが、やはりというべきか、その身体は無事とは言い難く。

 あの冒険者の言う通り、ユリアは職業で言うと『盗賊』にあたる。隠密行動や鍵開けなど繊細な行動が専門で、魔法の類はあまり得意でない。作った傷への回復魔法も、自身の魔力・魔法では満足にできなかったのだろう。

 本当なら今すぐにでも自分が回復魔法を掛けてやりたい。

 でも、魔力は温存しなければならない。護衛を雇ったとはいえ、馬の体力回復や荷馬車全体の防御上昇は、クレアが行う。


「この回復薬、使って。……ごめんね」

「ううん。それより、ちゃんと雇えたの。護衛」

「うん。それは、大丈夫」

「そっか。……良かった」


 密やかに会話を交わしながら、ユリアが薬を嚥下するのを見守る。高級でもなんでもない、その辺で売っている至って普通の回復薬だ。全回復するには程遠いが、無いよりはマシだろう、と自分に言い聞かせる。


「やあ」

「ッ!?」


 同時に、急に掛けられた声に二人して肩を跳ねさせる。ユリアの方は丁度飲み下しきっていたようで、静寂の中で咽る音を響かせるには至らなかった。


「……こ、こんばんは」


 音も気配もなく現れたのは、件の冒険者だった。

 意外と言うべきか、印象通りと言うべきか。数十人を相手取るかもしれないという依頼にしては、革袋一つと荷物は少ない。

 驚きながらも挨拶を返すクレアの姿に、ユリアの方も納得がいったらしい。合わせて小さく会釈をする。


「お、立派な馬じゃん。よく走れそう。二人は御者台、俺が後方で良いんだよね」

「はい。護衛、よろしくお願いします」

「任せて」


 頭を下げ、荷台の方へ向かうマスダを見やってから、ユリアと顔を見合わせて御者台へ乗り込む。


「よろしく、アンタレス」


 手綱越しに愛馬へ告げ、夜の中を走り出した。



    ◇◇



 ハルラックからモリーまでの道は、入り組んだ裏道ではなく全て大通りを使用する。開けた場所にはなってしまうが、流石に無関係である人々が多数行き来する道に厄介な罠を仕掛けるのは、たかがお遊びでは難しいだろうと判断してのことだ。

 無関係な厄介な輩――強奪目当ての野盗の類が仕掛けた罠なんかはあるかもしれないが。

 

「こっちでおっ始める前なら前方も気にしてあげる。始まったら――まあ、あんたらも中堅冒険者なら、雑魚が仕掛けた罠くらい何とかできるでしょ」

「……してみせます」

「そんなに固くなるなよ。今の時点で何も騒ぎ起きてないし、俺も情報拾ってない。ってことは、あんたの想定通り、遊び程度で大掛かりな罠を仕掛けるには至ってないんでしょ」


 馬車を走らせて2時間。

 あのバーの中で話した想定通り、大した罠は無さそうだった。トラバサミだのカルトロップだのといったよく見るものはあったが、恐らくその辺の野盗が仕掛けたものだろう。その程度であれば、現状のスピードなら馬に避けるよう指示をすることも可能だった。

 このままモリーまで辿り着ければいいのに。祈るように手綱を握り直したところで、カンッと金属音が前方から響いた。ユリアの持つランタンに照らされた進行方向での隅で、きらりと光るものが飛んでいく。……恐らく、トラバサミだろう。


「視野狭めんなよ~」

「……ッ、ありがとうございます!」


 ――緊張して視界が狭くなるなんて、駆け出し冒険者じゃあるまいし!

 上方(どうやら彼は荷台の上にいるらしい)から聞こえた声に礼を返しながら、クレアは自分に喝を入れ直す。


「ごめん姉さん。私も見るよ。もう大丈夫だから」

「……まだ痛むでしょう」

「平気。パーティーの目になるの、本当は私の役目だし」


 馬車の振動は怪我に障るのだろう。堪えるように身を小さくしていたユリアが、顔を上げる。


「……分かった。一緒にお願い」

「うん」


 見張りの目を増やして、馬車は駆ける。



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