第四話 戦闘
キンッ、と何かが弾かれる音。
「来た」
頭上からのマスダの声にハッとする。今のは何かしら――弓矢辺りの攻撃を、彼が退けた音なのだろう。
「スピード上げます。大丈夫ですか」
「オッケー。前はよろしく」
「そちらも、よろしくお願いします」
短く会話を交わし、愛馬に合図を送る。
「お願い、アンタレスっ」
主の声に応えるように、青鹿毛の頭が低く沈んだ。
次の瞬間に速度をぐんと上げ、激しくなる振動に隣の小柄な妹をぎゅうと抱き込みながら前方を睨む。
「姉さんッ」
「良いから、絶対私から離れないで。お願い」
「……っ」
守られるような姿勢にか、ユリアが反発するように声を上げる。しかし姉の必死な声に、小さく頷くことで応えた。
失えない。妹たちは、絶対に守らなきゃ。
時折遠くで轟音が響く。それを振り切るように、クレアはひたすらにモリーへの道をひた走る。
◇
がたがたと激しく揺れる荷台の屋根の上に、マスダは一人立っていた。
ヒュンヒュンと次から次へと飛んでくる矢を、こちらへ届く前に同じく弓矢で射落とす。まだ大した数ではない。大通り以外のルートに回っていた奴らは合流できていないのだろう。
ドン! と一際大きい爆発音。荷馬車の動きは気に掛けたものの、ほんの少しの動揺を見せるだけで大きく乱れることも無く走り続けてみせる。よしよし、と小さく笑みを浮かべて、マスダは後方でひっくり返り燃え尽きていく馬車一台を見送った。
爆発の正体――
狙うは全滅。一気に大爆発を起こして後続の気力を削ぎ切って逃げられては取りこぼす可能性がある。あとこっちの方が輪投げっぽくて良い。
二回、三回。爆発音は続く。
とても面倒くさそうな顔で火焔石を準備してくれた仲間に、流石の調整だ、と口笛を吹きつつ、なおも止まない攻撃を弾くため再び弓矢を手に取った。
◇
唐突な爆発音に思わず崩しそうになった姿勢を何とか堪えながら馬を走らせる。
「右斜め前。引っかかりそうだから避けて」
「了解っ」
腕の中からしっかりと自らの役割を果たそうとする妹の声に従い、罠であろうソレを避ける。やはり、ユリアは自分よりよっぽど目が良い。こんな時でなければ頭を撫で繰り回して褒めたいところだった。
と、改めて道の中央へ位置取りを戻したところで、視界の端、木々の生い茂るその向こうで何かが煌めいた気がした。
大通りの左手。森のように入り組んだそこ。光は馬車で走る自分たちにこそ劣るが、徒歩ではありえないスピードで追いかけてきている。
「……マスダさんっ! 左手の道からそろそろ合流されそうです!!」
「スピード上げられる!? 横から来られるより後ろで合流させたい!」
間隔の短くなり始めた轟音に負けぬよう、前方を向いたまま、頭上に届けと声を張り上げる。その甲斐あって無事届いたらしい。間髪入れずに返ってきた声は、彼もまた張り上げてはいるが最初の印象と変わらず軽いままだ。とはいえ、まだ余裕なのかとこちらが慢心する必要はない。
「分かりました! 落ちないでください!!」
「はいよー!」
返事を合図に、馬へ指示を出す。
愛馬アンタレス――クレアが手綱を握るこの馬は、冒険者と共に育ち変化した馬の一種だ。
サラブレッドに比べるとスピードは幾分も劣るが、タフな冒険にも付き合えるスタミナと強い身体を持つ。
お遊びに使われている、クレアたちの追手がどの種類の馬に乗っているかは定かではない。騎馬兵が使うような種であればアンタレスより速いだろう。
しかし後方はともかく、合流しようとしているのは未だ森の中。向こうが森を抜けるまでは、舗装された綺麗な道を走っているこちらがスピードでは勝る。
「ごめん、がんばって……!!」
スタミナ勝負なら絶対的に分があるはず。今は体力で距離を稼がねば、とクレアはアンタレスに癒しの魔法と共に声を掛けながら、傍らの妹を強く抱きしめ直した。
◇
投擲の範囲に馬車は見当たらない。またどこかで出てくるのだろうが、今は騎馬兵だ、と弓で射殺す。唐突に主を失った馬がヒヒンと悲しく鳴いているが、残念ながら構ってやる暇はない。今乗っているのが誰であろうと、貴族が雇う品質の馬だ。その辺を歩いていれば誰かしらに保護かなんかされるだろう。さっき木から降ってきて、気絶させてその辺に投げ捨てた野盗とかいたし。
物理攻撃主体の戦力は、実のところ大したことはない。数は多いし弓の精度はちょっと高いかもしれないが、マスダからの反撃に対応できるほどの余裕はないらしい。
その後ろ。まだ射程距離に姿を見せない魔法攻撃は、掴みかねている。向こうからは一直線に
「……強化マジックアイテムでも積んでるのかな」
矢も、魔法の矢も、まだ止みそうにない。
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