第五話 近接戦闘

「お」


 視界を高速で駆け抜ける森林の中、光が揺らめく。

 こちらのスピードに付いて来ることを諦めたらしいそれは、徐々に退行していく――正確には、大幅に減速をしている。頃合いを見て、後ろからの追手と合流するのだろう。


 しかし、想定はしていたが、クレアの言っていた数よりだいぶ多そうだ。今更依頼料増額を交渉するつもりはないけれども。

 挟み撃ちができなくなった以上、さらなる数の暴力で仕掛けてくることは見えている。統率の取れていない単発攻撃では効果が無いことは、そろそろきちんと実感しただろうし。示すように、攻撃の数が目に見えて減っている。只今強襲準備中といったところか。――あ、ついに止んだ。

 刹那。


「ッ!!」


 影が、降ってきた。

 ガギンッ、と派手な重たい音。受け止めた衝撃に腕が痺れる感覚を覚えながら、マスダはその正体に笑いかける。


「空間転移? そんな上等な魔法使えるんだ」

「チッ、随分余裕だなあ冒険者」

「捨て身特攻してくるとは思わなかったな」


 初撃こそ重かったが、身のこなしを見るにレベルとしてはマスダよりよっぽど低いことが見て取れる。潜んでいたなら気が付けたはずだが、今の今まで気配が全く無かった。。ならば、空間転移の魔法を使ったと考えるのが自然だ。それならこれまでの攻撃に納得もいく。


「随分自分の嗅覚に自信があるようじゃねぇか」


 自分が気付かないはずがない。と言わんばかりのマスダの態度に、男のこめかみがぴくりと動く。


「そちらも随分自信過剰なようで」


 捨て駒。

 男の役割はそれだろう。急襲により荷馬車を守る冒険者へ攻撃を仕掛ける。男を相手取っている隙を狙って、後方から一気に畳みかけて荷馬車を撃破。その前に男の手で冒険者が殺せたのなら、攻撃が降り注ぐ前に逃げることもできるだろうが。どちらにせよ男の命は配慮されていない。


「荷が重いんじゃない?」

「……舐めんなよ!!」


 再び、男の手の内で煌めく刃が襲い掛かる。軽く避けかけて――後ろに回られるのは良くないなと思い直す。御者台急所には近寄らせたくない。手出しさせる気は無いが、御者を動揺させて振動が酷くなるのは避けたい。これから馬鹿程攻撃される予定なのだから、足場が安定しているに越したことは無いのだ。

 身を屈めて足払いを掛ける。


「おお、落ちないんだ」


 身体を強かに打ち付けながらも何とか戦場に居残る姿に、思わずヒュウと口笛を吹いてしまった。男の瞳がギロリとマスダを睨みつける。間もなく身を起こしながら、今度は短刀を投げつけてきた。不意打ちにはなるだろうが、精度も速度も甘い。後方からの攻撃がやけに正確だったのは、やはりマジックアイテムか何かの影響なのだろう。と、手元に飛んできたそれを掴んで投げ返してやる。


「ナイスキャッチ」

「何のつもりだてめぇ……」

「何って。時間稼ぎに付き合ってあげようかと。向こうで攻撃準備してるんでしょ」

「は?」

「ほら、頑張れ頑張れ。お前には俺と戦う以外の選択肢無いだろ」

「ッくそが!」


 ダンッと音を立てて踏み切りながら、三度マスダへ刃を向ける。身を低くしているのは、先ほどの足払いを警戒してのことだろう。

 が、連続で同じことをするほど芸に困っているわけでは無い。男の刃が届くよりずっと速く、マスダの得物は指先から放たれていた。


「グ……!?」


 眼前まで迫ったナイフを、寸でのところで躱す。しかし躱しきるには至らず、男の頬は屋根の端ギリギリで落ちたナイフによってざっくりと切れ、血がダラダラと流れ出した。回避行動に移ったことにより男の攻撃は不発に終わる。


「ビビってないでちゃんとこっち来ないと。刀身伸ばす魔法でもない限り、そこからじゃ当たんないぜ~」


 まだこちらには幾らでも手数が残っている。見せびらかすように両手でナイフを幾本もちらつかせれば、男を煽るには十分だったようだ。



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