第六話 決着
「ッいい加減、当たれや!!」
「やーだよ。ほらお返し」
「い゙……ッ!!」
煽りながら避けてはたまに反撃。
繰り返す内、男の方は痛みを無視できないほどの傷に苛まれていく。
「っと、そろそろか」
「!?」
時間にしたらものの数分。向こうの準備は整い出したようで、合図のように一発の矢が放たれた。位置関係的に、どうしたってマスダより男の方が近い。吸い寄せられように真っすぐに飛んできたそれを、男は咄嗟にしゃがんで避けた。屋根に着地しそうになったところを、マスダがブーツで跳ねのける。
「クソッ」
悪態を吐きながら身を起こす男に逃げ場はない。前にはマスダ。後ろにはすっかり攻撃態勢に入ったお仲間たち。
「大変だね、背中側が信用できないと」
どちらにも背を向けきれずにいる男に同情の声を掛ける。それと同時、幾つもの光がこちらへ注がれようとし始めたので、男からの反論は無かった。
こちらに矢を構える時間はない。男が避けた矢と魔法の矢は両手に構えたナイフで片っ端から叩き落す。数がある分精度の足りていないヤツも飛んでくるが、障害にならないなら無視だ。マスダと同じく火焔石を持っているのか炎の玉に魔力を込めているのか、爆発を引き起こしそうな飛来物は、こちらに届く前に投擲で落とすか、駆ける騎兵へ打ち返す。たまに舗装された道路を巻き込んで地面が抉れてしまっているが、そこはまあ、割とよくあること。大商人も行きかう大切な道なのだから、数日もせずに回復するだろう。
一方、男の方は大変そうだった。マスダよりもよっぽど的になり得る位置にいるのだから無理もない。動体視力も手も足りていないだろう彼が、引っ切り無しに飛んでくるアレソレを避けきれないのは当然のことだった。敵であるマスダが爆発物は全て処理しているだけ、まだ怪我の具合もマシというものだろう。
「……ま、もうちょい頑張って」
さり気なく初級の回復魔法を掛けてやりながら、お遊びの時間は続く。
◇
「姉さん、上、大丈夫なんだよね……?」
「大丈夫! ……な、はず……ッ」
荷台の上、マスダのほかにもう一人誰か降ってきたことは、すぐに感知できた。けれど今は馬車の進路に集中しなくては、と上で行われているであろう戦闘の結果を信じて、必死に前だけを見据えていた。
それが、今は。一時期は止んだと思った背後からの攻撃音が、引っ切り無しに響いている。今にも馬車が壊れてしまうんじゃないか、そう思う程に。それに先ほどまで一切無かったというのに、矢や魔法の矢の類が次々と脇をすり抜けては地面に着地している。当たってこそいないものの、戦況が変化したのは明らかだ。盗賊職として日頃は冷静なユリアが、心配そうに声を上げるのも無理はない。
そんな会話をした次の瞬間、特別大きな爆発音。
「ま、マスダさん! 大丈夫ですか!?」
跳ねかけた身体を何とか抑えつけながら、思わず上へと声を掛けてしまう。
「大丈夫大丈夫! そっち、っていうか馬は!?」
「お、落ち着いています! こちらは問題ないです!」
「なら良し!」
けれど、返ってくる声は相変わらずの色で、間近で爆発が起きたとは思えないレベルだ。
「ほら、御者は運転に集中! 敵全部殺せても馬ひっくり返ったら終わりなんだからさぁ、ッ!!」
「は、はいっ!!」
荷台の屋根の上から、軽薄そうな男の声が飛んでくるのに応えるのにも必死だ。
馬に全速前進を命じて必死に手綱を捌きながら、自分の前に乗せて身を小さく縮める少女にも絶対に自分から手を離さないよう、御者は指示をする。
風の音に混じって、怒号や悲鳴、何かを切り裂く音、爆発音、水音、色々な音が聞こえてくる。日常においては聞こえてきてはならない、そんな音ばかり。
でも気にしてはいられない。今は前に進むこと。小石だなんだに馬を躓かせないこと。前から何も来ないことを目視確認すること。そっちに集中しなくては。
軽薄な声はあれ以来聞こえない。屋根から何か転がるような音がしていないからには、きっと命はあるのだろうけど。
――それも気にしては、いられない。
◇
再び攻撃の手がおさまる。最後、デカイ一発の準備に取り掛かったのだろう。
ふう、とため息をつくマスダの前で、どしゃりと男が崩れ落ちた。
「仲間に背後から打たれるなんてカワイソウだったねえ」
マスダが回復魔法を掛ける手を止めたためか、最早息も絶えかけた男の襟ぐりを掴む。辛うじて残っているらしい意識で多少の抵抗を見せるが、実に無意味であった。
「そーらよっ!」
男の身体が宙へ浮く。
大して体格も良くないその身体で、腕一本で、どうしてと言いたげな驚愕が、最期に男の顔が作った表情となった。
男が空を舞う間も、荷馬車は全力で前進する。ひとり空中で置いてけぼりになったそのボロボロの身体に、
「うーわ」
嵐のような攻撃が降り注いだ。
「ま、マスダさん!?」
本日一番の轟音に、やはりクレアから心配の声が飛んでくる。
「おー。馬は?」
「落ち着いてますけど……! そちらは、すごい音しましたけど……!」
「喋ってんだから大丈夫だって。あとはこっちの番ってとこかな。スピード、ちょっと落としてくれる? 置いてけぼりにしたら、逃がしちゃうかもしれないし」
「……! 分かりました」
少女たちより馬の方がよっぽど冷静である。
それはさておき。言葉にした通り、こちらの手番だ。放置していた弓を手に取り、矢を番え、狙いを定める。残兵の自覚のない者どもが、ますます速度を増して荷馬車に迫ろうとしていた。
「トドメ刺されるのはそっちだって」
残念、と中ごろに位置する一人の頭を射抜く。途端、ざわりと動きが乱れた。途中で蹴り飛ばした装備の薄い死体が、一体であったことに気が付いていなかったのだろう。
統率もない、冷静さを欠いた部隊。高所という地形的優位も相まって、一方的な戦いとなった。
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