第二話 依頼受諾

「じゃ、依頼の詳細を聞こうか」


 どっかりとバーカウンターのチェアに腰掛けた男性冒険者――マスダが、少女に向き直る。


「は、はい。よろしくお願いします……マスダさん」

「あんたのことは何て呼べば良い?」

「クレア、とお呼びください」

「うん。クレアね」


 少女――クレアがそう返すと、マスダは偽名かどうか気にした素振りもなく頷く。

 それで良いのだろうか、と思いつつ、クレアは改めて依頼書を差し出した。


「こちらが、依頼書です。今夜、ハルラックからモリーまでの護衛依頼。馬車は私が準備するので、それを守っていただければ。ご質問があれば、お答えします」

「モリーまで十時間って、休憩込みでしょ。追われてるにしては随分余裕じゃない?」

「……えっと、」

「深夜発で当日申し込みの高額依頼なんだから、そりゃ訳アリなことくらい分かるよ。で、飛ばさないの?」


 クレアが「何故追われていると分かったのか」と聞く間もなく、矢継ぎ早に言葉が飛んでくる。二階から降りてきた際のやる気のなさからは想像の出来ない姿だ。

 しかし、ちゃんと依頼を受けてくれるってことだろう。と、思い直して口を開く。


「貴方の言う通り、道中は追われる予定です。十時間は、最長だと思ってください。出来るだけ早く着きたい、と思ってます」

「ん、急ぎね。追手の目星は付いてるんだよね?」

「……それなりに大きな団体です。二十人はいるかと。レベルのほどは……すみません、測りかねています」

「デッカイ宝石でも盗んだわけ? りょーかい」


 バーテンダーの残したペンを左手で器用にくるくると回しながら、マスダはやはり頷いてみせる。


「ハルラックからモリーまで。馬車で飛ばす。二十人くらい追手がいるから、それから馬車を守る」

「……はい」

「2000Rリーン払ってココに頼むほどのことじゃなくない? 急ぎにしても」


 核心を突かれたような思いだった。


「……できれば、なんですけど」

「うん」

「追手、全員殺してほしいんです」

「へえ」


 クレアの重々しい口調に反し、マスダの返答は相変わらず軽い。


「……え、良いんですか?」

「ていうか、その内容なら依頼料安いなって。馬車に追いついてこれてない奴まで含めてってことでしょ」

「それは……そう、ですよね」

「納得する理由があるなら、考えるけど」

「理由……」


 依頼料の上乗せは難しい。2000Rも払えばほぼ素寒貧で、明日食べるものが買えるかすら怪しいのだ。

 であれば、話すしかない。納得してもらえるかは分からないけれど。

 クレアは温くなり始めたアイスティーに改めて口を付けて、言葉を紡ぎ出す。


「……モリーに行くのは、契約をしたからなんです。明日の正午までにモリーの外れにある村へ辿り着くと。そうすれば、捕らわれた妹は返してくれると」

「……」

「あの村では年に一度、生贄を捧ぐ儀式を行っているんです。修道都市の近くでそんなことをしている場所があるなんて知らなかった私たちはたまたま通りがかって、歓迎されて。……多分、睡眠薬か何かを、出された食事に混ぜられたんだと思います。気づいた時には妹は攫われてしまいました。私が代わりになると言っても聞いてもらえなくて」

「……」

「ひとつ、妹を返してくれる条件を出されました。ハルラックの、花風通はなかぜどおり。コルトセオ家に秘蔵された御神体を、明日の正午までに持っていくこと。それは、準備出来ました」

「……」

「だから、あとは持っていくだけ。……でも、絶対に邪魔される。コルトセオ家とあの村は、グルです。私たちが必死に足掻く様と、結果失敗して絶望する様が見たいだけ」

「……」

「そんなの、許せない。だから、彼らのお遊びに代償を支払わせたいんです。理由は、それだけ」


 クレアが話す間、マスダは相槌も無く沈黙を保っていた。

 話が着地した後、漸く口を開く。やはり軽薄な色は褪せないまま。


「追手殺しても、逆上させるだけじゃない? コルトセオ家もその村も全滅させたい、なら分かるけどさ」

「少しでも復讐に怯えてほしい。復讐を果たすのは、その後です」

「なるほど。……うん、面白かったから良いよ。追手皆殺し、2000Rで引き受けてあげよう」

「え、良いんですか」

「俺、仲間のために~ってやつに弱いんだよね。だから良いよ。コルトセオの豪邸からも、もう一人のお仲間が妹のために頑張って盗んだんでしょ」


 クレアが依頼受諾に驚いている間に、あ。あんたたちの場合は妹か。三姉妹? などとこともなげに言う。


「……私、言いましたか。もう一人仲間……妹がいるって」

「あんたが盗み担当なら、こんな街中のバーにいられないでしょ。もう一人の妹が盗んで、今は身を潜めてる。って思うと、結構優秀な盗賊だね。お遊びのために見逃してるだけかもだけど。妹、ちゃんと生きてるの?」

「それは、はい。私たち姉妹は互いに生命感知の魔法を込めたアイテムを身に着けているので、何かあればすぐに分かります。……村の妹の無事も、確認できてます」


 生命感知――文字通り、他者の生命反応を感知する魔法だ。対象の命があれば反応を示す。魔法を込めたマジックアイテムであれば、反応が無くなれば命を落としたのだと判断することができる。


「なるほど。美しい姉妹仲だ」


 満足げに頷き、マスダは依頼書に向き直る。


「じゃ、改めて。この依頼は俺が引き受ける。……ま、大船に乗ったつもりで任せてよ」


 依頼書の右下に、雑な字でマスダの名が記入された。


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白の薄氷亭に集う狗〜悪役系高レベル冒険者達の暇潰し/金稼ぎ〜 真嶋 @m-j-m

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