白の薄氷亭に集う狗〜悪役系高レベル冒険者達の暇潰し/金稼ぎ〜

真嶋

プロローグ、或いは修道都市への護衛依頼

第一話 白の薄氷亭にて

「ほら、御者は運転に集中集中! 敵全部殺せても馬ひっくり返ったら終わりなんだからさぁ、ッ!!」

「は、はいっ!!」


 荷台の屋根の上から、軽薄そうな男の声が飛んでくるのに応えるのにも必死だ。

 馬に全速前進を命じて必死に手綱を捌きながら、自分の前に乗せて身を小さく縮める少女にも絶対に自分から手を離さないよう、御者は指示をする。


 風の音に混じって、怒号や悲鳴、何かを切り裂く音、爆発音、水音、色々な音が聞こえてくる。日常においては聞こえてきてはならない、そんな音ばかり。

 でも気にしてはいられない。今は前に進むこと。小石だなんだに馬を躓かせないこと。前から何も来ないことを目視確認すること。そっちに集中しなくては。


 軽薄な声はあれ以来聞こえない。屋根から何か転がるような音がしていないからには、きっと命はあるのだろうけど。

 ――それも気にしては、いられない。



    ◇◇



 冒険者の集う街、ハルラック。

 大通りから少し外れた卓越風通たくえつふうどおりに、そのバーはひっそりと佇んでいる。


 しろ薄氷亭はくひょうていの看板が下がるそこは、真昼に入るには少しばかり場違いで。

 少女は夕陽も陰に隠れ切りそうな頃合いまで時間を潰してから、服の袖をぎゅっと握った後、扉を開いた。



 カランカランと品の良いベルの音。

 薄暗い店内に足を踏み入れると同時、


「ようこそいらっしゃいました、お客様」


 バーカウンターの向こうでグラスを磨く、背筋のピンと伸びたバーテンダーの涼やかな声が少女を出迎えた。


「……ここが、白の薄氷亭、ですよね……? あの、冒険者ギルドの」

「ええ。ご依頼でしょうか。こちらへ」


 案内されるがまま、カウンター席に着く。

 ハルラックでは冒険者ギルドなどありふれていて、少女自身いくつかのギルドに依頼を預けてお世話になったこともある。

 でもこういった、なギルドに来るのは初めてで、身体が思わず強張ってしまう。そんな客を落ち着かせるように、バーテンダーは綺麗な笑みを浮かべた。


「よろしければ、どうぞ」


 す、と滑らかな手つきで出されたのはアイスティー。


「あ、でも、私今日は依頼だけで」

「サービスですので、お気になさらず」

「あ、ありがとうございます。いただきます……」


 お言葉に甘えて、一口。するりと喉を通り抜ける滑らかな冷たさと芳醇な香りで、少しばかり緊張が解けた。


「依頼、なんですけど」

「ええ。依頼書はお持ちですか? 特別な様式が不要であれば、こちらで用紙をご用意いたしますよ」

「えっと、いただけますか」

「かしこまりました」


 特別な様式。例えば貴族がこっそり依頼に来る、なんていう時には、厳重に魔法の掛けられた依頼書を、依頼主個人で用意していたりすることもある。

 でも、今回の依頼はそこまでではない――というか、依頼料を準備するので精一杯で、依頼書にまでお金は掛けられない。加えて、そんな時間もない。


「こちらをどうぞ。ゆっくりとお寛ぎください」


 ぺこりと会釈したバーテンダーが傍を離れる。

 テーブルに置かれた依頼書とペン。もう一口アイスティーを口に含んで、少女はそれらと向き合った。



 〜護衛のお願い〜


 今夜23時、ハルラックを発ち修道都市モリーへ向かいます。

 ※モリーまでは馬車で約10時間ほどです。

 その間の護衛をお願いいたします。

 馬車はこちらで用意します。


 報酬は2000Rをお支払いします。


「……書けました。こちらでお願いします」


 バーテンダーへ声を掛け、依頼書を渡す。


「今夜、ですか。随分とお急ぎのようですね」

「その、依頼が周知されるわけにはいかなくて……。あの、やっぱり難しいでしょうか」


 その分報酬も精一杯出したつもりだ。

 依頼を受けてくれる人がいないのでは話は始まらない。

 でも、ここなら。白の薄氷亭なら何とかなると――盗賊ギルドで料金を支払って、情報を買ったのだ。確かなはず。高レベルの冒険者ばかりで、高額でないとなかなか受けてもらえないけれど、表では出しにくい(或いは出せない)ような依頼も引き受けてくれるギルド。

 だけど。

 胸に巣食う不安から服の袖をついついと弄りまわしてしまう少女を他所に、バーテンダーは笑みを崩さない。


「問題ございません。少々お待ちください。……少し騒がしいかもしれないのですが、ご容赦くださいね」


 そう告げ、空間に片手を掲げると透き通る硝子製のような小さなベルが出現する。

 リンリン、なんて可憐な音を奏でそうなそれを小さく揺らすも、少女にその音色は聞こえなかった。

 しかし。


「……亭主殿~、爆音で呼び出すのきついって。俺、今朝帰ってきたばっかなんだけど」

「ヒッ」


 少女とバーテンダー以外居なかったはずの空間に、男性の声が突如聞こえた。

 思わず息をのみながら、声のした方へ視線をやる。

 寝起きを隠さない飛び跳ねた茶色の髪を抑えながら音もなく階段を降りる彼は(二階は冒険者の寝泊まりしている宿泊フロアなのだろうか)、どこか迷惑そうに目を細めて二人の方を見やった。


「依頼人?」

「ええ。護衛の依頼だそうで。受けるね?」

「つまんね……分かった、受ける受ける」


 恐らく、二人の間で会話と同時に無言のやり取りも行われたのだろう。見るからにやる気の無さそうな彼だったが、依頼を受けると言ってくれた。


「彼はマスダ。我が白の薄氷亭に所属する冒険者、です。依頼の詳細は彼へお話しいただけますか?」

「あ、はい! えっと、よろしくお願いします。マスダさん」

「はいはい、よろしく~」


 本当に、どこまでもやる気が無さそうで軽薄の塊という感じだけれど。

 白の薄氷亭に所属する冒険者。信用して良いはずだ。


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